会計と決算の仕事 ~木下、学生に語る~
2016.04.25
審査課の青山が大学生・山口君のOB訪問を受けていた頃、経理課の木下もまたインターンシップでやってきた大学生・明智さんの相手をしていた。 ウッドワーク社では2年前から1週間のインターンシップを行っている。
青山のいる審査課は取引関係を扱うため学生の受け入れ部署から外れているが、経理課と総務課は毎年1~2名を受け入れている。
明智さんは穏やかだが芯の強そうな、これまた背の高い女子大生である。リフレッシュルームで会社や経理課での仕事内容をひととおり説明した木下は、明智さんに問いかけた。
「明智さん、そもそも会社は何のために決算をするのか、ご存知ですか?」
木下は年下に話すときも口調が丁寧だ。前職で様々な年齢の社長と話してきたことが身についている。
「それは・・・自分の会社がしっかり儲かっているかどうかを、社長さんが確認するためでしょうか?」
「そうですね。決算には会社の業績測定という大きな側面があります。経営者は決算書を見ることで、今後の方向性や課題を見出して、対策を立てていくといった想像ができますよね」
「はい。決算書は会社の成績表のようなものだと、聞いたことがあります」
「ええ、よく聞きますね。その成績表である決算書は、複数の帳票でできていることもご存知ですか?」
「成績表だから・・・それぞれの教科みたいに項目が分かれているイメージでしょうか?」
「ニュアンスは少し違いますが、考え方は近いでしょう。教科別ではなく、『どのように会社を見るか』という切り口で帳票が分かれています。例えば、会社の財産がどれくらいあるのかといった視点で貸借対照表という帳票が作られ、今年はどれだけ儲かったかといった視点で損益計算書という帳票が作られています」
「簿記の勉強をしたことがないので、とても難しそうに聞こえます」と気丈そうな明智さんが弱気になった。
「他にも、キャッシュフロー計算書とか、いろんな帳票があります。ただ、決算書の根幹となるのは貸借対照表と損益計算書なので、まずはこの2つを押さえればよいと思います。話を戻すと、会社は業績測定の他にも決算書をつくらなければならない理由があるんです」
「なんでしょうか・・・、決算書は最終的に会社がどれだけ儲かったかを知りたいから作る・・・その儲けの金額を知りたいという人?・・・あっ、わかりました。株主に報告するためですね」
「それも正解です。よく株主という言葉が出てきましたね」
「家に株主優待が届いて母が喜んでいたのを思い出しました。株主には決算書も届くのですか?」
「上場企業では、決算書だけではなく、役員や従業員の状況、主要な設備の状況といった内容も盛り込んだ有価証券報告書を作成して、株主に開示しています。これは少し難しい言葉で言うと、経営者の説明責任といったところですね。もう一つ、決算書を作成しなければならない重要な理由がありますよ。私は前職の会計事務所で多くの中小企業の決算書を作ってきましたが、その根幹的な理由です。さて、何でしょう?」
「会計事務所・・・、税理士・・・、わかりました。税務署に決算書を提出しなければならないんですね?」
「正解です。先ほど、株主への報告という目的もありましたが、中小企業では社長と株主が同一である同族会社も多くあるので、そういう場合は報告にあまり意味がありませんよね。それでも会社が毎年決算書を作るのは、税金を納めるにあたって税務署に提出を求められているからなのです」
「企業の利害関係者をステークホルダーと呼びます。だから、決算書は正しく作らなければなりません」
「最近ニュースで粉飾決算のような話を聞いて、何となく会社の決算書に対して悪いイメージを持っていました」と、気丈な明智さんは思ったことをストレートに言ったが、そういうところに木下は好印象を持った。
「そう受け止める人も少なくないでしょうね。ただ、本来決算書はその会社の信用度合いを見極める重要な判断材料にもなります。上場企業であれば本来、会社の内部監査と外部の監査法人による監査で信頼性が担保されなければならないのですが、十分機能しなかったということでしょう」
「何だかますます決算書が難しくて敷居が高いもののように感じてきました」と明智さんは苦笑した。
「いやいや、話が大きくなりましたが、会社の決算書というのは、結局、日々の会社の取引の記録を積み重ねたものです。その記録を簿記の言葉で仕訳と言います。例えるなら、家を造るためにレンガを一つずつ積んでいくような、なかなか地味な作業で出来上がっているんです」
「地味ですけど、手を抜けない大事なお仕事、ということですね」
「そう、まさにその通り。どんな仕事も、しっかりとした倫理観を持つことがいい仕事につながります」
「お話を聞いて、経理がとても大変な仕事だとわかりました。木下さんは会計事務所にいらしたということですが、どうして会計の仕事に携わろうと思ったんですか?」
「白状すると、私も自分がどの業界が向いているのか、正直分からなかったんです。ただ、学生時代は簿記・会計が好きでそれだけしかやってこなかったので、それならまずは会計事務所に入れば、決算書を通じていろんな業界に関われるかなと思ったんですよ。今の仕事もその延長だと思っています。明智さんも会社を選ぶとき目移りすることがあると思いますが、自分に何ができるのかと考えてみると、いいかもしれませんね」
「そうですね。就活でいろんな会社を見ると、迷ってしまいます。でも、相手ばかり見ていてはダメだということですね。ありがとうございます」
そうキリッとした表情で返した明智さんを見ながら、なかなか聡明な人だな、と木下は思った。
インターンシップ生を初めて迎えた木下だが、日頃からレクチャー・モードに入りがちな木下にとって、インターンシップ生を相手に教えることこそが、「適材適所」なのであった。
決算書を取り巻く利害関係者
一方、学生時代に会計学に触れていない人にとって、簿記検定などの資格を取得するなどのきっかけがない限り、決算書に触れる機会は限定されます。こうしたこともあり、会計については専門用語が多く難解というイメージから敬遠する人が多いのも事実です。
しかし、学生も社会に出て働くようになると、勤務先の決算内容、営業における取引先開拓や与信管理など、決算書に関する一定の知識が求められるシーンが増えてきます。書店に営業マン向けの決算書の読み方の本が常に並んでいるのはその証左です。「簿記・会計は実業」という言葉もあるように、ビジネスの共通言語と言えます。
粉飾決算にメリットなし
粉飾が進行すると健全な状態に戻すまでに膨大な時間と手間を要し、何より対外的な信用を大きく損なう結果を招きます。粉飾決算は当座を取り繕う方便であり、長い目では何のメリットも生みません。
決算書を作成する経理担当や監査をする会計士に限らず、「何のための仕事か」を改めて問い直し、原理を見失わないようにすることが必要でしょう。
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