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  • 売上債権の区分の話 ~「甘辛」の目利き~

2016.05.23

[企業審査人シリーズvol.114] 

今期、「決算書を見る力を養う」といった目標を掲げた審査課の青山は、この日も経理課の木下のレクチャーを受けていた。
 「具体的に何をするの?」と課長の中谷に聞かれた青山が、木下の了解も得ずに「木下さんから定期的にレクチャーを受けます」と言ってしまい、翌日には課長の中谷が経理課長と木下に声をかけ、「週に1回、30分くらいお願いします」と決めてしまった。
 無論、レクチャー好きの木下は笑顔で引き受けた。

 今日のテーマは青山のリクエストで「貸倒引当金」である。課長公認なので社内で良いはずだが、独身男子同士ゆえ、木下が希望する飲食店で夕食を兼ねて行うことになった。今日は激辛インドカレーの店である。
 「貸借対照表の貸倒引当金は、具体的にどのような基準で見積もって計上するんですか?」
実は辛いのが苦手な青山が、額に汗を浮かべながら聞いた。講師の希望に従う、従順な生徒である。
 「まず、引当金はどういうものかご存じですね?」と、対する木下は激辛もなんのそのと、涼しい顔だ。
 「これから支払が出てくるもの、ですよね?退職給付引当金が負債に計上されているのをときどき見ます」
 「そうです。引当金は将来の特定の支払や損失に備えて、貸借対照表上に繰り入れられるものです。貸倒引当金は売上債権等の貸倒に備えてマイナス評価する勘定です」
 「貸倒引当金が多額なときは、やはり回収不能を見込んでいるということで良いんですよね?」
 「基本的にはそうです。ただ、貸倒引当金の対象となる売上債権は得意先の状態によって変化していきますね。通常の問題のない売上債権であれば、『一般債権』として流動資産の売掛金や受取手形として計上されます。経営破綻には至っていなくとも弁済に重大な問題が生じているか、その可能性が高いものは、『貸倒懸念債権』といった分類に区別されます」
 「確か、流動資産ではなくて固定資産の『投資その他の資産』に計上するんですよね?」
 「細かな話になりますが、流動・固定の区分ルールは『正常営業循環基準』によるため、さらに破産や会社更生、再生手続きに入ってしまった得意先に対するものは、『破産更生債権等』といった分類となり、『投資その他の資産』に計上される扱いになるでしょう。対して、その手前の『貸倒懸念債権』は流動に区分されると解釈されます」
「それぞれの区分によって、貸倒引当金の算定方法が異なるのですか?」
 「そうです。まず、『一般債権』については『貸倒実績率法』といって、過去の貸倒の実績をもとに料率を設定して計算します。ただ、実務の世界では税務上、事業の種類に応じた損金への繰入限度額が設けられているので、この『法定繰入率』を用いることが多いですね。法定繰入率は、たとえば中小法人の製造業では8/1000といったように定められています」
「なるほど。問題のない債権では貸倒引当金の金額はごく小さいわけですね。『貸倒懸念債権』と『破産更生債権等』はどうなんでしょうか」
 「分かりやすい『破産更生債権等』について先に説明すると、実質的に回収不能ということなので、その債権額と同額の貸倒引当金が計上されることが多いですね。会計ルール上は、債権額から取立が見込まれる金額を差し引いた額を貸倒引当金とします」
 「なるほど。回収できない部分を全額、貸倒引当金とするイメージですね。もうひとつの『貸倒懸念債権』は、そう簡単じゃない、ということですか?」
 「そのとおり!『懸念』と言うくらいなので、どのくらい回収できるかが明確ではない宙ぶらりんの状況です。保守的に見積もれば全額回収できない、としてしまう考え方もありますが、会計上のルールとしては2つの貸倒引当金の見積方法があります」
 「懸念の度合いが様々なので、会計ルールも幅を持たせた、という感じですかね」
 「はい。ひとつは先ほどの『破産更生債権等』と同じように、債権額から取立が見込まれる金額を差し引き、それに対して債務者の財政状態及び経営成績を考慮して貸倒見積高を算定する方法です。ちなみにこれは財務内容評価法と呼ばれています」
 「それは考え方としてはわかりやすいですね。でも、これ以外に算定方法があるんですか?ちょっとイメージできないですが・・・」と、青山はようやく激辛を食べ終えて、3杯目のお冷を口にした。

 「もうひとつは、将来キャッシュフローの回収不能分を見積もって貸倒引当金を算定するキャッシュフロー見積法です。算定方法はややこしいので割愛しますが、いずれにしても多分に推定的な要素が含まれます。例えば、固定資産に多額の『長期未収金』が計上されている一方で、ごく少額の貸倒引当金しか立っていなかったり、そもそも貸倒引当金が設定されていないようなケースは要注意でしょうね」
 「悪く見えないように、甘い推定で少額にしているケースがあるということですね」
 「そうです。それから、3つの区分に分けて説明しましたが、実際は連鎖倒産まで懸念されるような状況に追い込まれると、流動資産の『一般債権』と一緒にしてしまうことがあります。貸倒引当金として引き当てていればまだしも、引当もしないで受取手形や売掛金に含めているものは“粉飾”に近いですけどね」と、激辛カレーの後の甘いチャイを飲みながら、木下が付け加えた。
 「なるほど。そこの見極めは審査の手腕にかかっているということですね」
 「そうです。数値の裏を読むのが審査、でしたよね。今日はカレーの辛さの読みを誤ったようですね」
 「ええ、甘く見積もってしまいました」と、激烈な辛さが口の中に残る青山が苦笑いした。

売上債権の区分と見積方法

二人の会話の中には3種類の売上債権の状態が出てきました。ここでは、それぞれの債権について改めて整理しておきましょう。それぞれ「金融商品に係る会計基準」にて以下のように定義されています。なお、( )内が貸倒引当金の見積方法となります。
◆一般債権…経営状態に重大な問題が生じていない債務者に対する債権(貸倒実績率法)
◆貸倒懸念債権…経営破綻の状態には至っていないが、債務の弁済に重大な問題が生じているか又は生じる可能性の高い債務者に対する債権(財務内容評価法またはキャッシュフロー見積法)
◆破産更生債権等…経営破綻又は実質的に経営破綻に陥っている債務者に対する債権(債権額から担保の処分見込額及び保証による回収見込額を減額し、その残額を貸倒見積高とする方法)

忘れてはならない点

一般債権は流動資産に計上されますが、これは正常な営業取引の過程にある資産・負債は流動資産とする「正常営業循環基準」のルールによるものです。
 したがって、正常な状態から外れた破産更生債権等は、投資その他の資産に区分計上されます。ただ、木下が指摘したように、見た目を気にして区分計上しないケースも実際には散見されるため、売上債権を月商比などで比較することによって、滞留の有無を判断する対応が求められてくるでしょう。
 また、流動資産の貸倒引当金が売上債権に比べ大きい場合も、貸倒懸念債権や破産更生債権に対する引当が含まれている可能性に注意すべきでしょう。

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