取材協力と情報開示 ~帰り道(前編)~
2015.02.27
調査会社の横田と小滝を囲んだ一連の講座の打ち上げの帰り、青山と横田は少々赤い顔で一緒の電車に乗った。
東京の下町に住む青山は、千葉に住む横田と帰る方向が一緒なのだということわかった。
「横田さん、いろいろお話を聞きましたけど、調査の仕事も大変そうですね」
「そうですか?僕は好きでやってますし、どんな仕事も大変なことはありますよ」
「でも、取材に応じてもらえない会社もあるでしょう。門前払いされたり」
「ありますね。私たちのような会社をご存じない会社さんもありますから」
「調査に応じてくれない会社の方は、やはり心配なんですかね」
「会社の秘密を見られそうだとか、ノウハウが盗まれるんじゃないかとか、心配される方もいますね」
「そういうときは、横田さんはどうするんですか?」
「ノウハウが盗まれるんじゃないかという心配をされる経営者の方にはよく言うのですが、上場企業のユニクロは数十ページもある分厚い有価証券報告書を誰でも見られる状態で公開しています。社長、それを読んでユニクロの真似ができますか?って、聞くことがあります。有価証券報告書と同じで、私たちがつくる数十ページの報告書でも、会社のすべてを公にしているわけではありません。確かにいろんな情報がありますが、それだけで商売を盗んだり真似たりするとはできないのです」
「ええ。私たちもその事業価値は見極めますが、中身を詳細に書くのは仕事ではありません。そのあたりは調査先の会社とも取材の中で相談したり、配慮したりしています。決算書も似たようなものですね」
「決算書を公開するかしないか、ですか?」
「決算書を公開すると、自分の財布の中身を人に見せるような感覚になるのだと思いますが、決算書を見て青山さんはその会社の何から何までわかりますか?」
「わかることもありますけど、わからないことも同じくらい多いですね」と青山が頭を掻いた。
「そうですよね。私たちも同じです。決算書は情報の一部にすぎません。最近は自分の取引先に決算書を公開されている会社もありますね」
「はい。うちの会社でも毎年決算書を送ってきてくださる取引先があります」
「そうして決算書をもらっても、その会社の調査を私たちに依頼される会社さんがたくさんあります。それは、私たちにプロとしての決算書の見立てや、調査会社としての所見を求められているからだと思っています」
「なるほど。自分はこう見るけど、世の中ではどう見るのかな、と気になることもありますもんね」
「私たちの調査は税務署のような強制力はありません。でも、調査に応じていただいている会社さんがたくさんいらっしゃって、そこには情報開示をすべきだという経営者の意志と、長年の信頼関係があります。今まで何も話していただけなかった社長に話をしていただけるようになったときは、それはうれしいものですよ」
「私も審査の前は営業の仕事をかじりましたけど、同じような感じですかね」
「そうです。今回、中谷課長に青山さんの教育係を仰せつかったときも、うれしかったですよ」
横田がそう言って笑うと、青山は眼鏡を光らせる中谷の顔を思い出し、少し酔いが醒めた気がした。
調査協力は経営判断
私たちが調査のアポイントで連絡を入れるときに、なかには窓口の女性がセールスと間違えて経営者への取次ぎを断られることもありますが、調査が取引に影響する可能性もあることを考えると、調査に応じるにせよ応じないにせよ、その意思表示は経営者が明確に行うべき事柄であり、私たちもそういうことを伝えています。
また、中には「依頼者がわからない」という調査のスタイルを嫌う経営者もいらっしゃいます。しかし、調査員が依頼者を知った場合、調査員は商取引における利害関係を知って調査にあたることになり、利害関係に巻き込まれたり、第三者としての客観性を持ちにくくなったりして、信用調査に期待される客観性・公平性を担保できません。「依頼者を知らないこと」は依頼者、調査先の双方にとって守るべきラインだと考えています。
商取引というリスクのある関係において、情報開示は信用と安心のベースとなります。横田が触れたように、事業内容や財務内容の開示は、その会社の中核的なノウハウや機密情報を明かすこととイコールではありません。一般の信用調査ではそこまでは求められていませんし、そうした情報のコントロールは「情報開示」の中で可能なことです。
何より、その情報をどう見るかは、読み手によっても変わってくるのです。
私たちの調査の経験において、それまで一切の情報開示を拒否されていた経営者が、不良債権やトラブルの発生を機に、情報開示を始めるケースがよくあります。
理由をうかがうと、自社を風評から守るためには最低限の情報開示が必要だと判断した、という回答をいただきます。情報開示は経営判断であり、メリットとデメリットを天秤にかけ経営者が判断するわけですが、社会の公器である会社の信用を作るにおいて、一定の情報開示は「情報の中身」以前のものとしてメリットをもたらすものであると私たちは信じています。
判明分報告になる前に
以前触れたように、判明分報告は調査員においてはお客さまの期待に応えらない恥ずかしさとともに、協力が得られる場合の数倍の労力を注ぐことにもなり、調査員はアポイントで断られても現地で再び協力を求めます。それでも叶わない場合は、報告書をお届けする前に必ずその旨を依頼者さまに連絡させていただきますが、この連絡を受けた依頼者側で、調査先に調査が入る旨を説明し、結果として調査協力に至るケースがよくあります。
調査をどう利用されるかも依頼者側の判断ですが、予め営業担当と連携して調査が入る旨を知らせ、スムーズに調査が進む場合もあります。この場合も、調査員は依頼者を知らずに調査にあたるため、公平性は担保できます。
これらは依頼者側の調査の活用方法ですが、私たちはそうしたご配慮をいただかずとも、調査の趣旨を説明し、企業調査のプロとして、ひとつでも多くの会社さまの調査協力を得る努力をしていかなければなりません。
私たちは調査業を創業して今年で115年を迎えますが、情報パートナーとしての信頼を頂くために、今後も惜しまず努力してまいります。