外国為替の話 ~おさガワセ?な同業者~
2018.10.19
審査課の青山は、都内の同業者が集う若手懇親会に参加することになった。業界の会合で社長達が意気投合し、五年ほど前から始まった懇親会で、メーカーだけでなく施工業者の若手も参加する。ウッドワーク社からは毎年営業部員が数名参加しているが、今年は総務部長の黒木が「君たちも視野を広げよ!」と総務部員の若手の参加を呼びかけ、総務部員の第一号として青山が参加することになった。
営業部員3名と会場に入ると、百数十人規模の立食パーティーで、同僚の営業部員たちは自分の顧客を探しに散らばり、青山は早々に置いて行かれる形となった。元営業部員で外回りも苦にしない青山だが、ひとまず腹ごしらえをと、ビュッフェ形式の食べ物を皿にとり、会場の隅でワインを片手に会場の動きを眺めていた。
「あの、空のグラスを飲み続けてますよ?」
ふいをつかれた青山が少し驚いて声のするほうを向くと、同年代の女性が立っていた。
「うわっ!びっくりした。グラスが空ってそんなわけ・・・ほんとだ、何も入ってない・・・ていうか、あなたは?」
「ユニバーサル貿易の七瀬なぎさといいます。おひとりだったので、声をかけちゃいました。あなたは?」
「あ、青山直です。株式会社ウッドワークで審査などしています。同僚に置いて行かれちゃいました。ユニバーサル貿易さんって確か外資の建材商社ですよね?カッコいいなぁ」
「私もそうかなと思って入社したんですけど、日本の商社を吸収して出来た会社なので、意外と日本的なんですよ。外資系なのに、私のいるセクションは海外業務部って名前ですし」
「海外の会社の日本法人なのに“海外業務”ですか。頭がこんがらがりますね」
「そうなんです。あっ、それおいしそう!いっただきまーす」
手が突然目の前にすっと伸び、青山があとで食べようととっておいた卵のサンドイッチが、そのまま七瀬の口の中へ消えた。
「うーん。やっぱりおいしい!」とほおばって満面の笑みを浮かべる七瀬に、青山もつられて笑顔になった。情報交換の相手には良さそうだし、女性から声をかけられるなんて、青山にとってそうある機会ではない。そう考えた青山は、七瀬の話に付き合うことにした。
「ざっくり言っちゃうと、外国為替とか貿易取引とかそのあたりの営業以外を一手にやっているところです」
「仕事上、あまり馴染みがないんだけど、外国為替って国内の資金決済とそんなに違うんですか?」
「結構違うんですよ。まず通貨が違いますし、それに中央銀行を介して資金精算をしないから、銀行間の取引になります。あと特徴的なのは荷為替手形です」
「荷為替手形?為替手形とは違うものですか?」
「為替手形の一種です。為替が関わる話なんですが、青山君は振込の資金の流れ、わかりますよね?」
青山君?年上なのか?初対面の七瀬に青山君と呼ばれ、青山はちょっぴりどぎまぎした。
「えっ、振込ですか。送金人は送金する銀行からお金を送る。それを受けとった銀行は受取人へ支払う、つまり口座にお金を入れる。こんな感じですか」
「そう。この場合、資金の移動の指図は送金銀行、受取銀行に頼む順序となり、実際の資金も同じ流れになり、これを並為替と呼んでいます。一方、荷為替手形を用いると、これが逆為替になります」
「逆?決済なんだから、送金人から銀行を経由して受取人へ行くというお金の流れは変わらないですよね?」
「その通りです。でも逆為替の決済手段は、資金の指図する順序がさかさまになるんです」
「そんなことが可能なんですか?」
「為替手形を使うと、出来ちゃうんですよ。振出人が輸出者、名宛人が輸入者として自己指図為替手形を発行します。それを輸出者が割引したらどうなるでしょう?」
「振り出したばかりの手形を割引する?ええと、割引だから、振出人である輸出者に手形を買い取った銀行からお金が入りますよね。そして手形を買い取った銀行はその代金を求めて、輸入者側の銀行に手形を持ち込み、代金を得る・・・。代金を払ってしまった輸入者銀行は輸入者に対し手形の呈示をして、輸入者の口座から同額を引き落とす・・・。ああ、指図の流れが確かに逆ですね」
「さすが!青山君は話が早いですね。為替手形の動き、つまり資金の指図の流れが輸出者から輸入者へ行くのに対して、実際の資金の流れは輸入者から輸出者へ移動しているから、逆為替なんです」
「なるほど!国内ではそんな回りくどいことをしないけど、海外とはそういう取引があるんですね。面白いな」
「そう!そうなの!そういう私も今年になってこの仕事を担当するようになって、知ったことなんです。外国為替は奥深くて面白いので、誰かに話してみたかっただけなんだけど、この面白さがわかってくれるのは嬉しいなあ。外国為替ってほかにも面白いところがあるんですよ。たとえば・・・」
そのとき会場の中心にいた騒がしいグループのひとりから、七瀬に声がかかった。七瀬の先輩のようだ。
「はぁ。ありえな~い。さっき散々話をしたのに・・・。そうだ!青山君、一緒に行きましょう!」
七瀬は少々うろたえる青山にお構いなくその手をとり、強引にそのグループの中に連れて行った。そこには青山が営業部時代に担当した会社の若手もいて、心配するまでもなく青山も盛り上がったのだが・・・
翌朝、酷い頭痛と漂う酒臭さで目を覚ました青山は、そのまま出社して課長の中谷に報告した。
「それで、どんな会社と交流を持ったの?」
「それが、ただいま記憶を回復中でして・・・夕方頃には回復して、具体的な報告ができると思います」
「酒に呑まれるほど楽しかったのはいいとして、仕事の付き合いなんだから夕方までに報告をまとめなさい」