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  • 貿易決済の話 ~ジェットコースター・ロマンス~

2019.03.07

[企業審査人シリーズvol.180]

珍しくポカポカ陽気のその日、審査課の青山はあまり似つかわしくないお洒落なカフェレストランにいた。去年、若手懇親会で知り合った同業者・ユニバーサル貿易の七瀬なぎさから昼食に誘われたのだ。同期の阿佐見がやっかみ混じりに茶化すのをかいくぐり、青山は約束の時間通り、目的の店へ到着した。その店は青山の会社からも七瀬の会社からも徒歩圏なのだが、定食屋と居酒屋を主なテリトリーとする青山は入ったことがなかった。気持ちが浮き立ってしかるべきシチュエーションだが、同僚以外の女性と初めてのランチをすることに加え、自分のテリトリー外の店を舞台にすることもあり、青山の表情は少し硬かった。
「この店は前払いなんですね」
同い年の七瀬への言葉遣いに、出会いの日に飲みすぎの醜態を晒した青山の負い目が垣間見える。
「そう、ランチだけ前払いなの。ランチじゃ追加注文とかしないし、傾斜精算もできないから、気楽よね」
(確かに立替で大変な思いをしたから、こういうほうがいいかも)と、青山は審査課長・中谷を思い出した。
店は繁盛しており、青山が店の前で七瀬と合流したときには店の入口に10人余りの行列ができていた。しかし、中を覗くとテーブル席には空きがあり、この列が代金前払いによって生じていることがすぐにわかった。
「私達のやっている貿易取引でも、前払いか後払いかで揉めることがよくあるのよ」
「貿易って、ひとつの取引に時間が掛かりそうだから、決済方法の取り決めは重要になってきそうですね」
「そうそう。支払いが先になっちゃうと、輸入する側は資金負担ばかりか、届いた商品が欠陥品だった、なんていうリスクも背負わなきゃいけなくなっちゃう」
「逆に支払いが商品到着後のときは、輸入者は楽になるけど、輸出者が代金回収リスクを負うことになるから、結局どっちかがリスクをとる取引になりますね」
「並為替、つまり送金ベースではそうなっちゃうわ。あっレジが空いた。先に注文しちゃいまーす」
テーブルにつく前から貿易の会話をする若い男女は、この店では間違いなく「珍客」に分類されよう。
レジ横の黒板に書かれたメニューから、七瀬は”季節のアラビアータ”を、青山は”シェフの気まぐれパスタ”を注文した。青山が七瀬について店の奥へ進むと、辿り着いた大きめの丸テーブルに、先客がひとりいる。
「ほのか、おまたせー!あーっ!またサラダだけなの?ちゃんと食べなさいよ」
「あっ、なぎさ。すぐ来ると思ってたのに、遅いよぉ~。そちらが懇親会で出会ったという殿方?」
「そう!こちらが初対面で貿易の話をしても一所懸命ついてこようとする努力家、でもお酒が入ると内なる虎が暴れまわっちゃうという、愉快な青山くんです!」
「はじめまして。六条ほのかと申します。なぎ・・七瀬とは中学校から今の職場までずっと一緒です。よろしくお願いします」と、六条は立ち上がって深々とお辞儀をした。ショートカットで革ジャンとスタンドマイクが似合いそうな七瀬とは対照的に、六条はどこか育ちの良さを漂わせている。
席につくなり、注文していたパスタとサラダがすぐに運ばれてきた。
 「出てくるのがすごく早いですね。これも先払い効果かな。そんなわけないか」
青山がぎこちなくつぶやくと、早くもセットのサラダほおばっていた七瀬が六条のほうを向いた。
「先払いで思い出した。ほのか、午前中の交渉はどうなったの?」
「今回は先方希望通り、D/Pでやるってことになったわ。意思決定の早さで競合に勝利よ」
「決まったのね!課長も攻めどきだー!って言っていたから問題ないと思っていたけど、よかったわ!」
「ありがと。でも仕事の話は置いておいて、今日の主役は青山さんだよ、なぎさ!」
六条が手を向けた先にいた青山は、申し訳なさそうに小さくなりながら水を飲んでいた。
「ゴメンゴメン。新規取引案件で決済方法の交渉が大変だったのよ」
そう言った七瀬はもうサラダを食べ終え、パスタに手をつけ始めた。
「さっき前払いで並んでいるとき話にでた、並為替や逆為替の話ですね」
「さすが青山さん、話がわかりますね。今回の案件は、逆為替でした」と、六条が青山に答えた。
「逆為替であるということは、荷為替手形ですか?」
「当たりです!荷為替手形では、輸出者が為替手形と船荷証券をセットにして輸入者へ送ります。そうすることで、銀行を貿易そのものに関わらせ、輸入者が送金で負うリスクを抑えることができます」
「荷物との交換に必要な船荷証券がセットなら、輸入者は商品の入手リスクも軽減できますね。輸出者も、手形だから早期決済が行えるわけだ」
「そうです。手形支払いのタイミングでD/PやD/Aなどと名前が変わりますけど、仕組みは同じです。ただ、銀行が間に入っても輸入者の債務不履行時の保証はしないので、信用状があるのが一番なんですけど」
「なるほど。荷為替手形にもいろいろあるんですね。取引相手について不確定要素が多い貿易だからこそ、取引の安全を担保するための商取引の仕掛けがあるのでしょうね」
「食べた、食べた!幸せ~!」
六条と青山の会話とは脈絡なく、七瀬がお腹をさすりながら満足そうな表情を浮かべている。
「静かだと思っていたら、もう食べ終わったんですか!早い。僕は話に夢中で全然手がついてない・・・」
「ほのかと喋れて良かったでしょ?私は輸入中心、ほのかは輸出中心のグループだから、貿易の話を多面的に理解できると思って。あっ!もう戻らなきゃ。青山君はゆっくりして行ってね!」
七瀬が立ち上がると、六条も「今日はありがとうございました」と丁寧な会釈をして七瀬とともに去って行き、青山だけが残された。残っていたパスタに取りかかると、麺にはところどころに芯が残っている。茹で時間も気まぐれだったようだ。遊園地の乗り物に乗ったかのように翻弄された本日のランチを振り返った青山は、「こりゃ、七瀬の気まぐれランチだな」とつぶやき、なぜかうれしそうな顔をしていた。

送金決済のデメリット

並為替は振込・送金を行う取引ですが、表のようなデメリットを必ずどちらかが負うことになります。与信管理では、取引対象会社の信用リスクとともに、貿易取引によって生じる取引リスクをヘッジできる貿易知識や人材・専門部門があるかをチェックする必要があります。

D/P手形とD/A手形

D/P手形はDocuments against Payment(手形支払い書類渡しの決済)のことで、支払人が手形の支払いを行うと同時に船積書類を引き渡す条件のものです。船積書類には、船会社が船積み時に発行する船荷証券が含まれており、輸入者はこれを入手しないと荷物を受け取ることができません。一方D/A手形はDocuments against Acceptance(手形引受書類渡しの決済)のことで、支払人が期限付き手形を引き受けるのと同時に船積書類を引き渡す条件です。両手形は一般的に「信用状なし」のケースで活用されます。

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