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  • 信頼と信用が築く経済成長と企業活動の関係 ~景気のミカタ~

2019.09.19

改めて問われる「情けは人の為ならず」

仏教の考え方からきていることわざに「情けは人の為ならず」という言葉があります。ことわざとは、長い年月をかけて先人たちが伝えてきた、教訓や知識などを内容とする短い句であるといえます。

他者への信頼が経済成長や所得水準に影響

図表1 ことわざ「情けは人の為ならず」の回答状況
かつて文化庁がこのことわざについて調査を実施したところ、本来の意味ではない“人に情けを掛けて助けてやることは、結局はその人のためにならない”と答えた人が45.7%にのぼっていました(注1)(図表1)。

他方、本来の意味である“人に情けを掛けておくと、巡り巡って結局は自分のためになる”と答えた人は45.8%でした。とりわけ、より多くの人が本来の意味で捉えていたのは60歳以上のみで、10歳代~50歳代はいずれも誤って理解していた人の方が多くいました。公表当時、こうした結果は
非常に大きな衝撃として受け止められたことを記憶している方も多いのではないでしょうか。

もしも本当に、半分近くの人が、このことわざから他人に情けを掛けるのは良くないことだという教訓として汲み取ったならば、それは日本の経済成長や企業の発展を阻害する大きな要因になりかねません。

他者への信頼が経済成長や所得水準に影響

図表2 しつけの有無別平均所得
資本主義社会は信頼と信用を基本として成り立つ社会であり、企業活動において、信用ほど重要なことはないでしょう。経済学では近年、人びとの互恵的な考え方や他人に対する信頼の程度が、経済成長や所得水準に影響を与えるという研究結果が報告されています。

他人への信頼や組織への信頼が高い社会であれば、経済取引も円滑に進みやすくなります。他方で、他者を常に疑わなければならないような社会では、取引費用が非常に高くついてしまいます。ある研究によると、「一般的に言って人々は信頼できる」と考えている人の割合が高い国は、そうでない国と比較して経済成長率が高かったということが示されています(Yann Algan and Pierre Cahuc, 2010 注2)。

ちなみに、この研究では、経済成長したから他人への信頼が高くなった、という因果関係は統計的に認められておらず、もともと他人への信頼の高い国が高い経済成長を実現していた、という関係のみが確認されています。

また、日本の研究によると、子どもの頃に受けて育ったしつけによって、その後の所得に差が表れることが示されています(図表2)。例えば、「うそをついてはいけない」というしつけを子どもの頃に受けて育った人は、そうでない人と比較して所得が平均50万円ほど高く、「他人に親切にする」では平均30万円ほど高くなっています(西村・平田・八木・浦坂、2014年 注3)。さらに同研究では、子どもの頃のしつけが、成人後の法令遵守に対する考え方に大きく影響を与えていることも明らかにしています。

景気の悪化とともに2018年度はコンプラ違反倒産が増加に転換

図表3 コンプライアンス違反倒産の推移
気になるのは、コンプライアンス違反倒産が7年連続200件台で推移するとともに、2018年度は3年ぶりの増加に転じたことです(図表3)。帝国データバンクが毎月実施している「TDB景気動向調査」によると、企業の景況感が悪化傾向にあるなかで、消費税率引き上げ後の消費減退や、人件費を含めたコスト負担増に海外リスクも加わり、先行きに対する不透明感が一層強まっています。こうした局面では、事業環境や資金調達環境のねじれが生じやすく、景気回復期には潜在化していたコンプライアンス違反が、景気の悪化とともに表面化しやすい情勢となってきます。


冒頭のことわざにみられるような誤解は、学校教育の場などで「情けは人の為ならず 巡り巡って己が為」と、前半部分だけでなくことわざの全文を教えていけば、防ぐことができるのではないでしょうか。
昨今、企業や個人において信頼や信用を失うようなさまざまな出来事が起こっています。このような状況の下では、経済成長や企業活動に対してもマイナスの影響を及ぼす可能性が高まります。社会全体として、改めて自由や制度、規範について考える機会が訪れているのかもしれません。

執筆:情報統括部 産業情報分析課 窪田 剛士
(注1)文化庁「平成22年度 国語に関する世論調査」2011年
(注2)Yann Algan and Pierre Cahuc, “Inherited Trust and Growth,” American Economic Review, Vol.100 No.5, pp.2060-2092, December 2010
(注3)西村和雄・平田純一・八木匡・浦坂純子、「基本的モラルと社会的成功」、RIETI Discussion Paper Series 14-J-011、2014年
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