審査とEBM~青山のシークレット・サービス~
2020.04.16
昼休みも終わる頃、審査課の秋庭が青山の席の横を通り過ぎようとして、机の上にあるピンク色の紙が目に入った。当の本人は経理課の木下とランチに出かけたようだ。一時は「君たち、いつも一緒にいるけど一体どういう関係だ?」とからかっていた時期もあったが、最近はそれも飽きてやめている。職場ではあまり使われない蛍光ピンクの付箋に何か書いてあるので、興味本位で覗いてみると「Birthday!」と書いてある。審査書類でバースデイ?自分の手帳に貼るはずのものが紛れたのか??疑問符が浮かぶが本人がいないので解消できない。ハテナマークを抱えたまま、秋庭は午後からのミーティングに向かったのだった。
14時、打ち合わせから帰ってきた秋庭は、自席にいる青山の顔を見るなり、昼休みの疑問を思い出した。
「青山君、ちょっといいか?」と、秋庭は青山を窓際に呼び出し、青山は少々緊張の面持ちでこれに応じた。青山の顔には「何事ですか?!」と書いてある。
「たまたま目に入ったんだけどさ、ピンクの派手な付箋、あれ、大丈夫か?彼女でもできたのか?」
秋庭が気を遣うようにヒソヒソ声で言うと、一瞬だけ怪訝な顔をした青山はすぐに気付いて、吹き出した。
「あの付箋のことですか!そう言えば秋庭さんにはその話をしていませんでしたね」
「いや、別に彼女ができたからって僕に報告してもらう必要もないんだけどさ・・・」
「だから秋庭さん、違いますって!あれはちゃんとした仕事の付箋ですよ!」
「だって、仕事にBirthday、なんて単語、出てこないだろ?熱でもあるんじゃないか?大丈夫か?」
「今日は平熱、平常心ですよ。説明しますから、席に戻っていいですか?」
秋庭はまだ何のことだかわからない感じで、青山を心配そうに見ながら席に戻った。青山と秋庭の席は向かい合わせである。「別に隠すことでもないので話しますけど・・・」と青山は席に戻るなり話しはじめた。
「いや、青山君、個人的なことは何もこんなところで話さなくてもいいんだぞ。今晩つきあってもいいし」
「ですから、違いますよ。仕事です。営業担当に審査書類をフィードバックするときに、審査先の会社の社長の誕生日をチェックして、近いときにはこういう付箋を貼っているんです。営業担当が先方と連絡をとるときに、相手の誕生日がわかっているとちょっとしたお祝いの言葉を添えたり、そこから話を膨らませたりすることができるじゃないですか。でも営業担当ってそういうことまで気付いていないことが多いので、こうして付箋で知らせているんです」
「何だ、そういうことなのか。いつからそんなことをやっているんだい?」・・・ずいぶん遠回りしたが、ここからが今日の本題である。
「へえ、そうだったんだ。前の席にいるけど、ディスプレイとかパーテーションであんまり手元も見えないし、気付かなかったよ。でも、Birthdayって書いた付箋だけで、営業担当はわかるのか?」
「オフィシャルな動きじゃないので、この件で話をした若手の営業担当だけにやっています」
「そうなんだ。たしかに審査ではひととおりの企業データに目を通すから、営業担当よりこちらで気付くことが多いかもしれないな。営業経験のない僕には思いつかなかったことだけど」
「社長の誕生日以外にも、いくつかレパートリーがあるんですよ。例えば創業年月や設立年月日を見て、会社の誕生日や来年何周年、といったことを書いたりもしています」
「なるほど、個人の誕生日もあれば会社の誕生日もあるってことだね。言われて悪い気はしないだろうな」
「とくに会社が何周年という話は、それに合わせて記念行事をやる会社があるので、早めにその内容を聞いておいて商売につながることもあるんです。僕が営業にいたときには会社の20周年に合わせて保養所を作りたいという建設会社の社長がいたので、計画に加えていただいて、その分の建材を売ったことがありました」
「へえ、そういうこともあるんだな。じゃあ、会社の誕生日は少し早めに知らせておかないとだめだね」
「そうなんです。社長の誕生日は直前でいいのですが、会社の方は1年くらい前からチェックしておかないと何も準備できませんね。まあ、うちは建材屋なので、商売につながることは少ないですけど・・・」
「審査で取り寄せる企業データが営業でも活用できるって、なかなか興味深いな」
「うちみたいな会社は営業部もあまりそういう動きをしていませんけど、うちのお客さんの建設会社なんかは、周年行事が商売につながることが多いので、わりとこういう営業をしているんじゃないですかね」
「そうだな、うちの会社だと誕生日に建材あげてもって感じだし、建物作るにもまずは建設会社だからな・・・」
「でも、商売にならなくても営業ではメリットがあるんですよ。誕生日を知っていてくれるっていうのは、相手がよく知ってくれている、自分のことを考えてくれている、と思ってもらえるじゃないですか。商売に直接結びつかなくても、相手との関係を作ったり距離を縮めたりするには役立つと思います」
「なるほど・・・たしかにうちは去年嫁の誕生日を忘れて、しばらく家の中が冷え冷えしていたからな・・・」
「秋庭さん、それはいけませんね。今年は大丈夫ですか?教えておいてもらえば僕が付箋で知らせますよ」
「同じ失敗はしないよ。それより、青山君もそういうアプローチをすれば彼女もすぐに見つかるはずだが・・・」
「あっ、そろそろ営業が戻ってくるから、この書類持って行きます!」
青山が逃げるように席を立つのを見て、秋庭は笑った。
EBMと営業支援
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