コロナ後の企業審査
2020.08.12
「あらら、これは決算書が役に立たないな・・・」
ウッドワーク社の審査課、今日の出社は青山とベテランの水田、そして有能なアシスタント・千葉の3名である。本来なら3月決算企業の審査でバタバタしている時期だが、定期審査を延期したことで、いつになく余裕のある7月を迎えた。定期審査は先送りしただけなので、いずれは忙しい時期がやってくる。ただ、営業担当を介した個別のモニタリングを行っているので、「下拵え」をした状態で繁忙期を迎えられるのはメリットだ。また、先送りといっても全てをそうすると閑散期間が生じてしまうため、新規先は都度審査を行うほか、3月決算でも小口先のものは審査を進めるようにしている。
冒頭の青山の言葉は、そうした小口先の審査をしていて漏れた言葉である。隣で審査をしていた水田が「どうしたんじゃ、青山君」と、声をかけてきた。
「この会社、本業は工務店なんですけど、社長の奧さんが始めた飲食店の評判が良いとかで、今は3店舗を持って、そっちの売上が半分くらいあるんです。その飲食店がコロナの影響で4月・5月は営業を自粛していたそうで、そうなってくると今期の売上は当然変わってきますよね」
「売上が変わって来るだけじゃなくて、その分の家賃負担やら人件費やらでキャッシュアウトがあるから、バランスシートも変わってくるのう」
「そうなんですよ。なので、前期の決算書が付いていますけど、あまり当てにならないですね」
「3月末の状況がわかるのは参考になるが、この現預金なんかはほとんどなくなっているかもしれんな。もちろん、足りない分は借入で賄っているんじゃろうが」
「そうですよね。決算書があてにならないとなると、審査も難しいですね」
「この会社の場合は、どれどれ・・・3月末で借金は店舗開設資金の残が500万円あるだけか。まあ、すぐにで経営が傾くような状態じゃなかろう。小口の取引なら問題ないじゃろう。コロナで金融機関が緊急融資をじゃぶじゃぶ出したが、借金は借金じゃ。もともと借金が多かった会社は、そこにさらにコロナの借入が乗って、当座は凌げてもじわじわと重荷になるはずじゃ」
「厳しいですね。この会社も、飲食店の方がまだしばらく元通りの売上には届かないでしょうからね」
「そうじゃな。ここもちょっと食べに行って売上に貢献するか、青山君」
そう言って、水田が青山の肩をポンと叩いた。青山の職場では、先日の秋庭もそうだが、最近は何かゆかりのある飲食店が出てくると、「買い支え」という名目で食べに行こう、という話になる。それはそれで社会貢献だが、自粛期間に外食を控えてきた反動で、外食をしたいという潜在的な願望が反映されているのだ。
「水田さん、これはムリですよ。船橋の会社ですから、行くなら午後半休でもとらないと・・・」
水田が心底がっかりしたという顔で青山を見るので、青山は吹き出しそうになった。
「そうじゃ。固定資産税なども含めて、ほとんどの税金で猶予が認められておる。国税は事業収入が20%以上減っているといった条件があるが、1年間の猶予が認められておる」
「そうすると、企業は助かりますね。税金といっても数百万円とかですもんね」
「ただ、経営者にとっては税金の支払延期は最後の手段と言われておる」
「それは、どういうことですか?」
「税金は借金より厳しいのじゃ。借金はリスケがきくことがあるし、大震災のときは復興支援として返済の減免もあった。ただ、税金は支払いを先延ばしにしても、いつかは払わねばならん。払わんと資産を差し押さえられる。来年になって2年分を払えるかどうかもわからんし、だから税金の支払いは簡単に延ばすもんじゃない、というわけじゃ。まあ、借金も今回は救済策があるのかわからんがの・・・」
「なるほど。審査をしていると、ついつい借金ばかりに注目しがちですけど、税金の未払いにも注意しないといけないわけですね。税金といえば、経理課の木下さんから聞きましたが、会計事務所がコロナの影響で仕事が集中したり、顧客企業と接触できなかったりで、決算整理や申告書作成がいつものように進まないそうです」
「裁判所が動けなくて倒産が減ったくらいじゃからのう。とにかく、今年の審査は異例尽くしじゃ。そういえば、わしの審査もそういう困ったやつじゃった」
「そういえば水田さんは今日、上場企業の審査が何社か入っていましたね」
「取引が大きい先は後回しじゃが、取引が小さい会社から手を付けておる。今審査をしておったこの会社もそうじゃ。もともと経営状態は悪くないから、審査は通す・・・が、今年はコロナの影響が見通せないからと、業績予想を出していない会社が多い。直近の売上推移も四半期決算が出るまではわからん。困ったもんじゃ」
「そうすると、四半期決算が出てくるのを待つしかないわけですね」
「そこがまた難しい。4月、5月は緊急事態宣言で経済活動に大きくブレーキがかかった。6月に徐々に再開して、まあそこでどれだけ売上が減ったかで、コロナの影響があったのか、なかったのか、大雑把につかめるじゃろう。この間、どれだけ蓄えを減らしたかもわかる。ただ、肝心なのは今月以降、経済活動が再開してからどれだけ売上が戻っているか、じゃな。売上高は需要があれば自動的に立つわけじゃない。営業活動、受注活動で仕込んでいる部分が活動自粛でどう影響しているか、も気になるところじゃ」
「なるほど、そう考えると、中谷課長の審査時期の先送りはますます妥当な選択だったと言えますね」
「そうじゃな。まあ中谷君は何かと先送りが多い気がするが、この先送りは賢明じゃ。さて、わしらも午前中の仕事は午後に先送りして、早めに飯としようか」と、水田が青山の肩を叩いて立ち上がった。
「水田さん、まだ11時ですよ!」と、青山が慌てて立ち上がると、千葉と目が合った。黙々とパソコンに向かっていた千葉だが、一連の会話を聞いていたようだ。青山が困った顔を向けると、(ここはいいから、付き合ってあげなさい!)という顔をしている。「・・・じゃあよろしくお願いします」と青山が声なき声に返事をすると、千葉がにっこり笑って(行ってらっしゃい!)と手を振った。やはり有能なアシスタントである。
コロナ禍と企業審査
新型コロナウイルス関連支援情報
https://www.tdb.co.jp/corp/corp09_covidrelatedinfo.html
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