クリエイティビティでDXを支援する ~株式会社博報堂 入江 謙太氏~(前編)
2021.02.25
株式会社博報堂は、テクニカルディレクターなどの専門人材によるDX(デジタルトランスフォーメーション)推進プロジェクトチーム「hakuhodo DXD」を2020年9月に発足しました。
当プロジェクトはいわゆる数ヶ月で完結するプロモーションではなく、システムやデータ基盤の上に真の体験価値を創造し、生活者から長く愛されるサービスを生み出すことをミッションとしています。それを実現するために、博報堂が強みとするクリエイティビティや生活者発想のスキルと、体験価値を実装するための最適な技術を選び出し理想的な形にまとめあげるテクニカルディレクションのスキルを掛け合わせた、独自のチームを構成しました。構想にとどまらず、実装/運用までを一気通貫で担うことも特徴です。「hakuhodo DXD」というチームの名称は“DX&Design”を由来としています。
株式会社博報堂マーケティングシステムコンサルティング局 ユーザーエクスペリエンスデザイン部 部長 入江氏は、このプロジェクトチーム発足当初からチームを牽引、さらなる向上を目指し、日々活動されています。
今回、入江氏に、近年のマーケティングに対する企業の取組みや姿勢の変化、今後のチームとしての展望などのお話を伺いました。
インタビューは前後編の2部構成としており、まずは前編として、昨今のトレンドや「hakuhodo DXD」発足経緯などについてご覧ください。
広告業界に携わっているからということかもしれないですが、いかに新しいお客様を作るかという新規顧客の獲得はもちろんずっと重要です。一方で、いわゆるLTV(Lifetime Value:顧客生涯価値)が重要であるというクライアントが近年非常に増えています。既存顧客に対して、ブランドの絆をいかに持ち続けてもらうのかを重視する傾向が強くなっていると思います。
今まではTVCMや新聞広告などのマス広告を打つだけで、生活者と継続的につながるという視点はあまりありませんでした。しかし近年では、メルマガ、会員登録、アプリなど、オンラインで顧客とのリレーションを構築するプラットフォームが多く整っており、必然的にLTVを重視出来るような環境になっているからだと考えています。また、単価が安く購入検討期間が短い一般消費財と、自動車のような単価が高く購入検討期間の長いものなどではLTVが異なります。商材や企業ごとにLTVをどう設定するかなども検討が必要です。
LTVをあげるデータ分析を行うためのデータ基盤をいかに構築するかについては、数年前から活発化してきました。現時点では、先行企業が導入し、そのライバル企業も導入までも完了し、ある程度大手企業では一巡している印象です。一方で、導入はされたものの、それをうまくビジネスに活用できている企業はまだそれほど多くないと思います。
つまり、ある程度システムが構築され、データも蓄積されつつあるとしても、そのデータを分析し、それを施策やアクションで返していくための実行体制や意思決定プロセスが追い付いていないのが現状だと思います。
―業界における最近のトレンド、潮流についてお聞かせください
~一瞬の「ヤマ」だけではなく、継続的な「ヤマ」を作る~
データを使ってビジネスを伸ばしていこうと思った際に、今の潮流としては、D2C(Direct to Consumer)というものがあります。
ダイレクトチャネルをこれから構築しようという企業、ダイレクトチャネルは持っているもののまだ部分的にしか活用できていない企業が、いよいよ本腰を入れて取り組んできているという状況です。
ユーザーエクスペリエンス、カスタマージャーニーといった部分もしっかりつくり込んでいきたいという企業も増えています。先ほども言いましたが、今までであれば、いい商品を作っていいCMを打てば終わりという、一瞬の「ヤマ」を作ることができればよかったのですが、昨今は、ソーシャルメディアなどのデジタルの普及により、興味喚起〜比較検討〜購入体験〜配送期間〜受け取り〜開封〜アフターサポートなど様々なシーンで「ヤマ」を作りながら、積分的にブランド価値を高めていくことが必要になってきています。
~オウンドメディアの概念が拡張してきている~
一般的には、ほとんどの企業が自社のホームページを持っていると思います。その次のフェーズとしてあるのが、Twitter、Facebook、LINEといったソーシャルアカウントを持って継続的に顧客とコミュニケーションするということになりますが、ここまでは多くの企業が取り組まれていると思います。そして、そのさらに次の段階にあるのが、サービスとしてのオウンドメディアです。例えば自動車を購入したら、専用アプリがついてきて、自宅から冬の寒い時に外出する際はあらかじめ自動車の暖房を入れるとか、どれくらいガソリンや充電量の残量があるかを確認するといったサービスをアプリやWEB上で行う、というような新たなオウンドメディアの概念が広がってきました。
―オウンドメディアの概念の変化には、何か背景があるのでしょうか
~背景にあるDNVBという考え方~
その背景にはDNVB(Digitally Native Vertical Brand)という考え方、潮流があると思っています。いわゆるスマホ・ソーシャル・AI・クラウドといったものを前提として事業やブランドやサービスを立ち上げている企業と、そうではない企業があるということです。
例えば、自動車業界でいうと、テスラ社があります。テスラ社はデジタル前提として立ち上がっている企業なので、自動車というものに対する考え方が他の自動車会社と全く異なります。全然違うので、そういった企業が伝統的な自動車会社を一気にジャイアントキリングするという可能性は十分にあり得るのではないかと思います。
そうならないよう、自社のサービタイゼーション、オウンドメディアの拡張、既存顧客とのリレーションの強化に注力していく必要があると感じています。
~DNVBは事業の根幹を支えるクリティカルなデータがある~
DNVBの考え方に即した企業は、事業の根幹を支えるクリティカルなデータがあります。例えば、グーグルであれば、検索クエリデータ、アマゾンは購買データもしくは購入意向データといったものです。クリティカルデータはどの企業でも手に入れられる一般的なものではなく、独自のサービス提供を通じて獲得するデータです。一方で、クリティカルデータが何かわからない企業も数多くあります。わからないということは、データをコアに置いたビジネスができないということが言えるのではないでしょうか。
~クリティカルデータは自らのサービスで生み出さなければならない~
これからの企業、事業の在り方として、外部からも調達することができないデータを、どのように作り出すのかがすごく大事だと思います。クリティカルデータというのは、自らのサービスから生み出さなければならない。それができた会社が1番強くなっていくと思います。
―DXを支援する専門チーム「hakuhodo DXD」発足の経緯と今後の展望についてお聞かせください
博報堂でも従来から実施されてきた、マーケティングオートメーションや、メールマーケティング、既存顧客とつながるCRMといった業務に、なんとなくワクワクできない、面白がれないと思ったことがきっかけです。
博報堂には、クライアント企業のデジタルマーケティングを支援するチームはもちろんあったのですが、デジタルを活用したサービスを構想し構築するクリエイティブなチームがありませんでした。
広告だけに頼らないビジネスを作っていくというのは、博報堂としてはとても大きな課題でしたので、それに応えられる活動をしていきたいと思います。
~広告キャンペーンは、1.5カ月で終わってしまう~
広告キャンペーンは、ものによりますが1.5ヶ月程度で終ってしまうものが通例です。一方で、アプリなどを使ったデジタルサービスということを考えてみると、数年〜10年以上続いていくものもあります。1.5ヶ月で終わるものを考える思考プロセスと、10年続くものを考える思考プロセスはかなり異なります。1.5ヶ月の広告の場合は、一瞬で目立つ必要があるので、強く尖ったアピールをしなければなりません。しかし、10年続くサービスではまた手法が異なってきます。数年にわたって継続的にそのサービスからの情報や体験に触れ続けてもいいと思ってもらうアイディアが必要となります。
~いつの間にか習慣になっているアイディアが素晴らしい~
例えば、スマートメーターと呼ばれる体重計があります。スマホに体重の情報が逐次送信され、データとして蓄積されていくといったようなものです。いまはかなり普及していますので特に驚かないのですが、最初にそれを実現した企業は本当にすごいと思います。もし、広告キャンペーン的な強く尖ったアイディアで新しい体重計のサービスを考えようとすると、「目標まで体重を落とせたら、ご褒美の高級なケーキが贈られてくる」といったような特別感のあるアイディアを考えがちです。そうではなく、いまよりちょっと健康的な生活が長く続いていくためのアイディアを考える必要があります。
また、某ファーストフードチェーンのモバイルオーダーのサービスも、すごく洗練されているなと思うのです。自宅や外出先から購入するものを選択し、店舗に到着したらクリックして店舗に教え、そこから調理が始まって、出来立てが提供される。モバイルオーダーで注文して商品を受け取ったら冷めて美味しくないというネガな体験を、店舗に到着したらクリックしてお知らせするというアイディア1つで、出来立てを提供できるし、必要以上に待たされることもなくなる。思いつくようで、なかなか思いつかない素晴らしいアイディアだと思います。
もうひとつ例を挙げると、LINEです。LINEでメッセージを送信して、相手が開封すると既読というマークがつきますよね。これも秀逸なアイディアだと思います。「既読」をつけるというアイディアを実現することは、ある程度裏側のシステムについての知見があれば、そこまで難しいことではないと思えるはずです。「既読」がついたかついてないかを確認するために、どうしてもLINEを見に行ってしまいますよね。LINEを触り続けるという習慣化を実現するための素晴らしいアイディアだと思うのです。このようなアイディアは今までの広告的な思考とは若干異なるものだと感じています。
刺激は強くないけど、いつの間にか普通になっている。そのような太いアイディア、習慣になるようなアイディアがデジタルサービスには必要だと思います。
~裏にあるシステムへの理解も~
このような習慣になるようなアイディアが出せるということは、その裏側にあるシステムの理解が必要です。
我々としては、ユーザーエクスペリエンスと、システム/データを両輪で考えられるチームを作ってクライアント企業のサポートをしていきたいと思っています。もちろん博報堂だけではできない部分もあるので、エンジニアリングに強い他の企業や、博報堂のグループ会社の中で運用に強い企業などと体制を構築し、「DXD(DX&Design)」というフレームで実施していこうと思っています。
後編へ続く
クリエイティビティでDXを支援する ~株式会社博報堂 入江 謙太氏~(後編)
(聞き手:帝国データバンク 営業推進部 黒澤学)
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