代表者その2【経歴】~報告書の読み解き方-9~
2014.08.15
13時から2時間の予定で始まったレクチャーは、途中で中谷の飛び入りもあって、もう予定の2時間に近づこうとしていた。14時半を回ったところでそれとなく時計を目にした青山に、横田が提案した。
「せっかくの機会ですし、今日は30分だけ延長して、来週続きをやるということでどうでしょう?」
「私はもちろんありがたいですが、横田さんは大丈夫ですか?」
「ええ、今日はこの後、会社に戻るだけですから。それに、これは青山さんがいずれ審査課長になって、報告書をバンバンとってくれるための先行投資ですから」と横田は笑った。
こういうことをいやらしくなく言うのが横田の営業センスだな、と青山は思いつつ、(将来の審査課長?)という言葉に遠くを見る目をした。しかし、ぼんやり視線を向けた壁に「まだまだね」と言う現審査課長の顔が浮かんできたので、見ては悪いものを見たかのように首を振り、報告書に目を落とした。
話は代表者のページの続きだ。青山は聞こうと思っていたことを思い出した。
「そういえば、代表者の出身地ってありますけど、出生地ですか?本籍地ですか?」
「取材のときは、出生地や本籍地ということではなくて、ご本人が主たる生育地として公表された場所を聞いています。厳密に定義しても実際に取材できるかは別ですから、ややゆるい形で収録しています」
「そうなんですね。だからどうということはないのですけど、自分が聞かれたときにときどき迷うので」
代表の経歴
「そうですね。代表就任の経緯は報告書のマーキングで言えば『同族継承』や『内部昇格』、親会社からの『出向』といった形が多いですね。ただ、それまでの経歴と脈絡がない形で代表に座っている場合がたまにあります。マーキングでは『外部招へい』というやつです。この場合は個別に経緯を掘り下げたいところです。ヘッドハンティングなどの場合が多いですが、この場合はそれまで会社を仕切っていた人たちとの軋轢や内紛が生じる場合がありますからね。経営が一時的に不安定になるリスクをはらんでいると言えます」
「そういう軋轢を扱ったテレビドラマをやっていましたね」と青山がうなずいた。
「起業歴・社長歴は昔から与信管理上、重視されています。過去に他の会社を起業していることがわかった場合は、その会社がその後どうなったかを確認することが大切です。何らかの事情で他人に譲渡したというケースもあるでしょうが、事業に失敗して畳んでいることもあります。いわゆる倒産歴ですね。倒産歴にもさまざまな事情があるので、一概にマイナスに見るべきではないでしょうが、事業の失敗を繰り返している経営者が存在するのも事実なので、保守的な与信判断においては留意すべきポイントでしょうね」
「どういう経緯でそうなったのかということをよく確認すべきということですね」と青山がまたうなずいた。
代表者の経歴と就任経緯
経歴の見方については概ね横田が説明しましたが、「その人の得意分野」を推定することもポイントになります。中小企業の社長は、その業種や商材が好きで、こだわりを持っている技術屋タイプと、商材は何であっても売ることにやりがいを感じている営業マンタイプに分けることができます。最近はビジネスを専門的に学んだベンチャー起業家もいますが、こうしたタイプは報告書では「得意分野」に表示されています。ここで大切なのは、「得意分野があるということは苦手分野もある」ということです。
営業一辺倒で管理が手薄という場合もあれば、技術一筋で営業力を欠くという場合もあります。それを補う補佐役を置けているか、経営体制を見定める必要があるでしょう。この点については、役員欄で役員構成を見ましょう。なお、最近当社で集計したところでは、得意分野のマーキングは「営業」が50%強を占めており、「管理」「技術」と続きます。中小企業の社長は自分の販路のつてをもって起業することが多いので、これはうなずける数字かと思います。
人物像のマーキング
ちなみに一番マーキングが多いのは「まじめ」で、「堅実」「実行力がある」「積極的」と続きます。逆に数が少ない順では「豪放磊落」「カリスマ性に富む」「計数面不得手」となっています。調査員は統計上の含意を持たず、取材に基づいて無作為にマーキングしています。
これらのマーキングに「よい」とか「悪い」はありませんが、含意があります。「計数面不得手」は管理面に課題があるというシグナルと読み取れます。ネガティブなマーキングは行う調査員にも一定の覚悟が必要ですから、ある程度顕著な傾向と見てよいでしょう。また「個性的」は「少し変わっている」という読み替えができます。ただ、その会社の経営は補佐役の存在によっても変わります。気になる経営者には、やはり実際に会う機会をつくりたいものです。
企業信用調査
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調査報告書の読み解き方コラムシリーズ
・従業員数・設備の内容から「ヒト」「モノ」の能力を測る<従業員・設備概要>
・社長の経営経験・リーダーシップを判断<代表者>
・企業の歴史は将来を占う指針<系列・沿革>
・最大6期の業績から収益性をチェック<業績>
・支払い・回収条件は?取引先との関係は?<取引先>
・メインバンクとの関係は?資金調達力は?<取引銀行>
・必要な資金を確保しているか?不良債権はないか?<資金現況>
・企業の現在と将来像をつかむ<現況と見通し>
・企業経営の健全性を把握<財務諸表>