銀行取引・資金現況その5【続・運転資金分析】~報告書の読み解き方-21~
2014.11.14
運転資金の話がまだ続いている。青山が横田に質問した。
「でも、財務分析で算出される運転資金って、あくまで決算期末の状態ですよね。実際の資金繰りは違う、ということもあると思いますが、どれくらいアテになるんでしょうか?」
「ご指摘のとおり、運転資金分析は決算書から生成しているので、期末時点の状態ということになります。企業の売上が毎月一定の業種なら、それが通常の状態と判断できますが、季節要因などで一時的に仕入や在庫が膨らみ、運転資金需要が増える業種もあります。いわゆる季節資金と言うやつですね。アパレル業者は夏物・冬物など扱う商材の偏りによって季節資金が必要になりますし、チョコレートを扱うお菓子メーカーとか、官公庁の年度末工事が多い工事業者とかも、季節要素が大きいですね。私が調査させていただいたケースで一番極端だったのは、五月人形の製造業者でしたね」
「五月人形・・・そうか、究極の季節商売ですね」
「夏から冬に一年分の在庫を作って、2月から5月頃までに一気に売る商売ですからね。東京では浅草橋に人形店がたくさんありますが、こういう業者は埼玉に産地があって、販売シーズンだけ浅草橋に店を出す会社もあるので、シーズン外に調査が入ると連絡がとれなくて困る、なんてことがあります」
「面白いと言っては何ですが、いろんな商売がありますね」と、青山は理解を深めたようだ。
「そういえばこの前、運転資金需要がマイナスというのを見ましたけど、それはどう見ればいいですか?」
「でも小売業や飲食店でも倒産はしますよね・・・?」と青山が聞いた。
「小売業や飲食店は日銭商売と言われるように、常に手元に現金を持っています。ただ、店舗の家賃とか人件費を月々払う分も大きいので、売上が急に落ちたり、赤字経営が続いたりすると、そういう支払いができなくなって倒産します。そういう意味では、買掛も売掛もあまりないような業態では、運転資金分析自体があまり有益ではない、ということになりますね。どうですか、理解は進みました?」
「ええ。応用してみますね。僕の場合は、12月に季節資金需要が高くなります。彼女の誕生日とクリスマスが重なるので、ボーナスで仕入資金は確保できますが、支出が大きくて大変です」
青山の突然の崩れた応用に、横田は驚いた顔をして言った。
「青山さん、彼女いるんですね、若いっていいなあ」と真顔の横田に、青山はあっさり白状した。
「いや、ちょっと見栄を張りました。去年の12月まではそうだったんですが・・・破綻しまして・・・」
「ということは、仕入在庫は不良化してしまったとか・・・?」
「いや、在庫は確かに渡しましたよ。この場合、何て言うんですかね・・・売上が立たないというか・・・」
「無理な応用ですね、まあ精神的に焦げ付いたということですか」と、横田が楽しそうに笑った。
売上債権回転期間・棚卸資産回転期間が伸びるのは危険
「黒字倒産」のメカニズムはこれと同じで、商売としては儲けが出るのですが、売上拡大期に在庫と売掛金が膨らんで運転資金需要が増え(=増加運転資金)、この手当ができなくて、あるいはやりくりを間違えて倒産するのです。いわゆる「勘定合って銭足らず」、です。
売上債権回転期間や棚卸資産回転期間の長期化は、倒産企業の予兆としてだけでなく、粉飾された決算書でもよく見られる傾向です。売掛金や在庫の量をいじる粉飾が多いのです。
季節資金で運転資金需要は動く
季節性はなくても、不動産売買など案件の単価が大きい商売では、どこで決算を迎えるかによって決算書が大きく変わります。建売業者などの不動産売買業者は、プロジェクト毎に商品である不動産を担保に入れて資金を調達し、売れたら返済するという資金繰りをしている会社が多いものです。この循環で売れ残りが発生すると、返済原資が稼げず資金面の破綻を招きます。したがってこうした業者では、棚卸資産の中に塩漬けの売れ残り在庫がないかをチェックすることが重要です。販売用不動産をいつの間にか自社の固定資産にしているようなケースもあるので、要注意です。
運転資金分析について2回にわたり取り上げましたが、「運転資金需要の増加」と「営業キャッシュフローの悪化」は財務における倒産の兆候として、必ずチェックすべきポイントです。見落とさないようにしましょう。
企業信用調査
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調査報告書の読み解き方コラムシリーズ
■従業員数・設備の内容から「ヒト」「モノ」の能力を測る<従業員・設備概要>
■社長の経営経験・リーダーシップを判断<代表者>
■企業の歴史は将来を占う指針<系列・沿革>
■最大6期の業績から収益性をチェック<業績>
■支払い・回収条件は?取引先との関係は?<取引先>
■メインバンクとの関係は?資金調達力は?<取引銀行>
■必要な資金を確保しているか?不良債権はないか?<資金現況>
■企業の現在と将来像をつかむ<現況と見通し>
■企業経営の健全性を把握<財務諸表>
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「売上債権」と「棚卸資産」を用いて「運転資金分析」を行う方法について、よりわかりやすく説明しています。運転資金分析を行う際の注意点と計算式を合わせて確認し、理解を深めましょう。