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  • 資金繰り償還と利益償還 ~2つの借入金~

2015.04.03

[企業審査人シリーズvol.78] 

本格的な審査を始めた青山は、その日届いた報告書を読んでいて、ふと疑問が浮かんだ。
 「最近、調査報告書によく返済能力とか、返済原資とかって書いてあるんですけど、この会社は借入がこんなにあって、本当に返せるのかなあ・・・」とつぶやいた青山に、ベテランの水田が反応した。

 「どれどれ・・・・」と報告書を取り上げた水田の右腕が本人の湯呑みに当たり、倒れそうになるのを、青山が機敏に手を添えて事なきを得た。水田はそのまま素知らぬ顔で、報告書の頁をめくっている。
 こういうことが月に4~5回はあるので、青山も何事もなかったかのように水田の手元の報告書を覗き込んだ。

 「この会社、借入金が10億円もあるんですよ。当期純利益と減価償却費を足しても、3,000万円くらいにしかならないのに、報告書には返済原資は足りていると書いてあります。大丈夫なんですかね」

 「大丈夫じゃろう。借入金のうち7億円は短期借入じゃからな」と水田が報告書を青山に戻した。

 「短期借入でも、借入金は借入金じゃないですか」と青山が腑に落ちない顔をした。

 「そうか、青山君はまだそんなこともわからんじゃったかな?」と水田に切り返され、疑問符を浮かべた青山の顔に、冷や汗が加わった。
 「借入金は、回収金によって返すものと、利益によって返すものに分けられるんじゃ」
 「回収金によって返す?」と青山に、水田がいつものように解説モードに入った。
 「主に運転資金を使途とした短期借入金がそうじゃ。運転資金のことはもうわかっとるな?」

 「はい。仕入れた在庫と、在庫を売った売掛金や受取手形の立て替え分ですよね」

 「そう。厳密に言えば、そこから仕入先に立て替えてもらっている買掛金や支払手形の分を引くのじゃが、要するに商売を回すのに必要なその運転資金分のお金が足りないから銀行から借りる、というのが運転資金を使途とした借入金じゃな。この運転資金分の借入というのは、売上やら決済条件やらが変わらない限り、ずっと恒常的にするものじゃ。『経常運転資金』と呼ばれるくらいでな。
 しかしこれは本来、在庫が売れて、売掛金や受取手形が現金になれば、その金で返済できるじゃろ?」

 「そうか。その分は、利益から返す訳じゃないですね」と青山は半分合点がいった顔をした。

 「そう。報告書に書いてある返済能力というのはいわゆる利益償還というやつで、これの対象になるのは設備資金などの長期借入金ということになる。設備は買ったときに一括で支払うが、お金が足りないから銀行か長期で借りるんじゃ。その設備が生んだ利益と減価償却費を充てて、長期にわたって返済するわけじゃ」

 「そうか、じゃあその利益償還で返済する分は、この会社の場合は長期の3億円しかないということですね」

 「そういうことになる。まあ、最近は回収金で返す運転資金を長期で借りているケースもあるから、使途の内訳を見る必要があるがの。この会社の場合はほれ、報告書に書いてあるぞ」

 「短期借入金の使途は・・・4億円が建売プロジェクトの資金、残りが運転資金とありますね」

 「そう。建売プロジェクトも建売住宅を売って代金を回収したらそれで返済するから、運転資金と一緒じゃ」

 「そうか。そのあたりがよくわかっていませんでした。ありがとうございます」と青山は素直に頭を掻いた。 

回収金で返す借入と利益で返す借入

 借入金の多寡は企業の財務内容の良否を計る物差しとして使われます。ひとことで言えば借入は少ないほど安全性は高いわけですが、借入が多いから一概に問題があるというわけでもありません。
 水田が解説したように、運転資金を使途とした短期借入金は、運転資金需要が大きい会社の場合、恒常的に発生します。手元資金が厚い会社であれば自己資金で賄えますが、足りなければ金融機関の短期借入金で賄うことになり、実際には借入で賄う会社が多いと言えます。
 この分は金融機関でも経常運転資金を使途とした融資として、比較的長期的にわたり書き換えで応じています。これは「ころがし」や「単名」(金融機関が融資の手段として振り出す、金融機関を受取人とする約束手形=単名手形の略)と言われます。
 この分は、原理的に売掛金の回収で返済が可能であるため、利益償還によって返済を行う融資とは区別されます。特定の回収予定資金を原資とするつなぎ資金や、シーズン物の在庫手当に対応する季節資金などもこれにあたります。
 一方、利益償還による借入金の代表的なものは設備資金です。水田が説明したように、高額の設備を長期借入金によって一括購入し、その利益と減価償却費を返済に充てていく形になります。
 調査報告書でも、返済能力を根拠として資金調達余力を見立てることがありますが、この場合は利益償還を行う長期借入金の年返済額が、単年度の利益と減価償却費から配当などの社外流出を除いた額(=返済原資・返済能力)に照らして適正かどうか、という判断を行っています。

与信の見立てにおけるポイント

 こうした前提に立って企業の与信判断を行う場合、ひとつのポイントとして、「運転資金目的の借入残高が、財務諸表から算出される運転資金需要の範囲内に収まっているか」を見ることがあります。
 これが収まっていない場合は、返済原資に充てるはずだった在庫や売掛金が滞留している可能性や、過去の赤字補填の借入が長期にわたって残っている可能性があります。また、運転資金需要は売上の増減や回収期間・支払期間の変化によって、増えたり減ったりします。
 運転資金需要が発生する会社において、売上高が年々減っているのに運転資金目的の借入額が変わっていない、というような場合も、不良在庫や貸倒損失の発生により資金滞留が生じ、返済計画が狂っている可能性を疑う必要があります。
 借入金の使途が明らかにならない場合は、短期借入金を運転資金分として見立てることになりますが、実際には運転資金を長期で借りているケースもあります。金融機関からすると長期の与信のほうがリスクを負うことになるため、貸出金利も高くなります。
 こうした長短のバランスは、当該企業と企業の関係や金融機関の営業姿勢にも影響を受けるため、その善し悪しは一概に言えません。
 ただ、当該企業について見た場合、長期運転資金はより高い金利を払って借りていることになり、一時的には手元資金が増えて潤いますが、毎年返済をしていくことが後々の資金繰りの負担にもなるケースがあります。長期借入をした後に売上が計画通りに上がらなかった場合には、返済が大きな重荷になることも予想されます。
 また、長期借入にシフトした時点で、資金の滞留による短期の返済が滞り、長期で手当をせざるを得なかったという場合も想定されるため、その会社の資金繰り全体を見ながら、実情を見極めることが重要です。
 
 

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