新設会社の与信判断 ~評点の「向き」~
2015.06.26
小口の新規取引を主に担当する青山は、その日の審査案件に新設会社があるのを見て、半年前の中谷とのやりとりを思い出していた。
・・・半年前。その審査対象は設立3期目の新設会社。デザイン家具の販売業者であった。年商は8,000万円と小さいが、前職で全国各地の木工品の産地に人脈を作った社長が30歳で独立した会社。
小売店舗を構えているが、知り合いの設計士と組んでリフォームマンションとのセット販売をしたり、中堅マンションデベロッパーにモデルルーム用に納品したりもして、小売店舗は半ばショールームとして機能させているようだ。
デザイン家具の販売店を青山が審査するのは珍しいが、これは主に住宅用の床材を扱う青山の会社が昨年から天然木を使ったデザイン家具の製造販売を始めたためで、そのデザイン家具を扱わせてほしいという申請である。
取引申請は500万円。デザイン家具は単価が数十万円なので納入量は多くはないが、この規模の相手の初回取引としては小さくない。
調査報告書はすでに入手済みだが、評点は42点。決算書も付いているが、収益状況はほぼ収支トントン、当然内部留保も薄い。青山のウッドワーク社では100万円未満については即取引可、100万円から500万円までは評点45点以上、500万円以上は47点以上、1,000万円以上は49点以上という取引可否の基本線があり、評点がそれ以下の場合は案件内容や取引条件をよく検討した上での与信となる。
「中谷さん、これですけどね。営業のコメントと調査報告書を読む限り、これから伸びる可能性はありそうですけど、何せ評点が42点ですし、資産も財務内容も蓄積がないので、ちょっと無理ですかね・・・」
どれどれ、と与信申請書と調査報告書にざっと目を通した中谷が、横に立つ青山を見上げた。
「どこか気になるところがあったの?」
「いや、うちの新商材ですし、内容を見る限り悪い顧客には見えませんけど」
「じゃあ、進めてみたら?」という中谷の答えに、当時新人だった青山は目を丸くした。
「もちろん、取引において押さえるべきポイントはあるわよ。でも、それがクリアできればいいんじゃない?」
「評点は42点で基準よりかなり下ですけど・・・」とまだ要領を得ない顔の青山に、中谷が説明した。
「報告書の評点は“向き”を見なくちゃいけないのよ」
「向き?ですか?」
「評点が上昇トレンドにあるのか、下降トレンドにあるのか、ということ。新設会社の42点と老舗の42点は、同じ評点でも意味合いがぜんぜん違うわ。この会社は設立3期目、最初の調査では39点。3期目といっても1期目は創業赤字でまあ仕方ない。こういう会社は、売上規模が小さいし、調査会社も業歴がない会社に高い評点は付けられない。だから、設立3年くらいまでの会社は、報告書でことさら悪い情報がないかというチェックをして、あとは私たちが取引内容と金額、取引条件を見て対応していくのよ」
「じゃあ、こういう場合は評点を無視してもいいんですか?」
「直近の評点だけで判断しちゃいけないってこと。評点の動きと中身を見て判断するってことね。新設会社でも評点が上がってこない会社はある。こういう案件こそ、青山の目利きが試されるのよ!」
・・・半年後の青山は、そのとき中谷の眼鏡の縁が光ったのを思い出し、今日の案件を前に武者震いした。
新設会社の評点と評点の「向き」
一方で与信管理の世界では、こうした新設会社の評価はどうしても低くなりがちで、調査会社の評点も同様です。企業信用をはかる指標として、営業実績や取引実績、風雪に耐えた年数などが重視されますし、新設会社の中で大きく発展する会社は一握りとも言え、新設会社の平均的な評価が低くなるのは必然と言えます。
TDBの調査報告書で言えば、具体的には「業歴」点に、決算未到来や創業赤字が「損益」点に、売上の小ささが「業容」点に、資金面の不足が「資金現況」点を押し下げることになります。
一方、こうした新設会社の中には大きな可能性を秘めた会社もあり、そういう会社を競争相手に先んじて見つけ出し、取引で囲い込むことは「攻めの与信」において重要なテーマです。したがって新設会社の審査においては、評点が低くなるとの前提の下で、事業内容や経営者の可能性を精査していくことが必要です。
中谷が触れた評点の「向き」も、評点を見る際の重要なポイントです。上昇トレンドの42点には前述のように新設会社群も含まれ、玉石混淆です。一方で下降トレンドの42点は業歴のある会社が傾きかけている、あるいは何らかのマイナス事象が発生しているケースが多く、与信管理上はこちらのほうが注視すべき会社群と言えます。評点は、その時点のものを見るのと同じくらい、上昇・下降という「向き」を見ることが重要です。
新設会社の与信管理のポイント
①今回取引の内容(具体的な販売の目処が付いているか)
②取引条件(短いサイトでの現金回収が可能か、あるいは販売計画に基づく入金目処が付いているか)
③経営者の経営姿勢(ビジョンや事業計画に実現性はあるか、計数管理はできているか)
④取引実績(経営者の事業計画の裏付けとして、どういう会社との取引実績があるか)
上記の①②については業種・業態によって内容や許容範囲は変わってきますが、与信先において販売・回収の目処が付いているほど安全性が高いことは言うまでもありません。また、戦略商材ゆえある程度のリスクを許容するという選択もあるでしょう。
③④については、営業担当を通じた、あるいは同行による追加のヒアリングを行うと良いでしょう。③の目利きは定性的な評価になるため容易ではありません。ただ、新しい経営者の傾向として、事業のビジョンついては雄弁である半面、具体的な収支計画や経理管理については疎いケースがあります。経営者の計数的なセンスはもちろん、それが足りない場合はそれを補うスタッフがいるかを確認しましょう。
営業担当者が今後の発展性を見出して取引を拡大したい意向を持っているような案件では、審査担当はその目利きの妥当性を客観的に見つつ、意見交換やフィードバックを通じてチェックポイントを営業担当と共有していくことが大切と言えるでしょう。倒産件数は減少していますが、景気浮揚期に生まれる将来の有力企業を目利きしていくという「攻めの与信管理」は、これから益々忙しくなりそうです。