コンプライアンス違反と倒産 ~金比羅違反?~
2015.07.03
「コンプラ違反の会社、やっぱり増えているんですねえ」
朝の始業前に回覧物の帝国タイムスを見ながら、青山が自席で誰に向けるわけでもなく言葉を投げた。
「コンプライアンス違反企業の倒産動向調査という特別企画の記事を開いている。
「確かに最近はそういうニュースが目に付くよね。偽装とか粉飾決算とか・・・。労務関係の話も多いよね」と、目の前に座っている秋庭が同調すると、青山の隣の水田も口を出す。
「わしは、そういうニュースを見るたびに違和感を持つがな。昔はいろんなことをしている会社があったもんじゃ。明るみになったり、ニュースに取り上げられたりするものが増えただけじゃろう」
「水田さんは長く生きてますからね。そういうものですか」と青山が軽口を叩いた。
「そうそう。まあ会社も人も一緒じゃな。『最近○○事件が増えている』なんて聞くが、昔はもっとあったじゃないかと思うことが多いぞ。それだけ世の中のルールが厳しくなったのか、平和な世の中になったんじゃろう。まあ、昔はなかったような事件・事故も中にはあるじゃろうがの」
「僕が入社したときは、そもそもコンプライアンスなんて言葉をあまり聞きませんでしたからね。ルールや法律が厳しくなるにつれて、それを破る不正も増えるという側面もありそうですね」と30代の秋庭も同調した。
「そうそう。水田さんが最初の頃、『金比羅山がどうした』なんて言っていたのを思い出したわ」と中谷が思い出し笑いをしながら、話に加わった。
「昔は隠蔽されていたような不正が、今はマスコミに取り上げられることも多いし、ネットで個人がいろんな情報を発信できるようになったことも大きいわね。ちょっと騒ぎ過ぎじゃないかと思うこともあるけど」
「でもこういう情報って、なかなかわからないから、審査する側にとっては厄介ですよね」と青山が一同を仕事に引き戻した。
「ネットで拾える情報もあるが、まあ玉石混淆じゃからの。昔のわしの上司は審査の掟として『火のないところに煙は立たず』が口癖じゃったが、今はまったくの出鱈目の情報もあるから、難しい世の中じゃの」
水田は職場では長老の扱いだが、審査のプロとしてインターネット検索程度は身につけている。
「そう。だからそういう部分じゃ、やっぱり営業からの情報が重要よね。取引先に一番出入りしている営業担当がどれだけ情報感度が高いのかによって、審査の動きが変わってくるわ」
「そういえば僕が営業のときに、中谷さんがシートを配っていましたね」と青山が思い出したように言った。
「取引先観察シートね。最近更新できてないんだけど・・・何が書いてあったか覚えてる?」
「取引先の事務所や工場の整理整頓状態だとか、事務所の雰囲気だとか、上司と部下の言葉遣いとか、結構細かい項目がありましたね。20くらいチェック項目があって、新規先ではチェックしてましたよ」
「最近はみんな使ってくれてるかしら。片付けができない人が物をなくす可能性が高いのと同じで、不正と言われるものにもその温床や背景があるから、そうした観察でマーキングできることもあるのよ」
「そうですね。ワンマン社長や上司に社員が何も言えないとか、担当者に社内の愚痴話が多いとか、冗談も言えない雰囲気だとか、現場で感じられる定性情報も多いですよね」
「まあ私たち審査課は金比羅山で笑っているくらいだから、チェックされても健全な職場よね」と中谷に再び古い話を持ち出された水田は渋い顔をした。
コンプライアンス違反企業の倒産動向
同調査は2005年から毎年継続しており、2009年の94件以降は5年連続で増加しています。中でも粉飾決算が前年度比7割増の88件となっていますが、これには融通手形による不透明な資金操作が行われていた事件が複数あり、これらでそれぞれ5社前後の連鎖倒産が発生したことも増加に影響しています。
このコラムで過去にも触れたように、融通手形は昔からある危険な資金調達手段ですが、こうした事件は未だに発生しており、景気回復局面において資金需要が高まったことを背景に手を伸ばす会社があることがわかります。
会話の中にもあったように、こうした不正は社会の法整備やルールの厳格化に応じて増える側面があり、マスコミの取り上げ方によって印象も変わるものです。また、露見していないものがどれだけあるのかについても、なかなか実態が明らかになりません。
本調査は倒産後に法的な処理に基づいて事実が明るみになったものの調査であり、コンプライアンス違反事例の増加は、水面下の事例増加を示している可能性があります。
コンプライアンス違反と審査
倒産に至らずともコンプライアンス違反によって売上が急減するリスク、さらにはそうした取引先を持つことによる風評リスクもあります。
また、コンプライアンス違反には融通手形のように周囲を巻き込んでしまうものもあり、「主犯格」が自社でなく取引先であったとしても、巻き込まれてしまった場合のダメージは計りしれません。
一方、こうした不正を予見することは容易ではありませんが、実際はその取引先との関わりの中で何となく感じられるものも多く、実際にそうした事件に遭遇した後で「そういえばそういうところがあったな」と思い当たるケースも多いと言えます。
事務所や工場の整理整頓状態などは代表的なものですが、取引書類を徴求したときになかなか出てこないであるとか、契約書類の取り交わしにおいて手続きがスピーディに進まないといった、日常の関わりの中で見えるものもあります。
中谷はそうした予兆を前線の営業担当者につかんでもらうためにチェックシートを配付していましたが、これは審査担当者の経験として倒産企業にありがちな定性的な状態を洗い出し、リスト化したものです。
項目が多すぎると運用できませんので、「そのときの状態」に関するチェックポイント、「変化」に関するチェックポイントをそれぞれ10程度挙げておくと良いでしょう。現場感が不足している場合は営業担当の経験を加味してもよいでしょう。
こうした定性的なチェックポイントについては弊社のセミナーや出版物においても「危ない会社の見分け方」としてよく取り上げていますので、ご活用ください。