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2015.07.17

[企業審査人シリーズvol.90]

その日の昼休み、リフレッシュコーナーで紅茶を飲んでいた木下のところに、コーヒーを手にした青山が話しかけてきた。青山のコーヒーは近所のコンビニで買ってきた100円のものだが、木下の紅茶は自宅から持参したティーカップで、ソーサーまで付いている。それだけでも会社では珍しいが、青山は木下が給湯室で輸入品の銀製ティーサーバーを使って紅茶を淹れているのを見たことがある。

 「お疲れ様です、木下さんはかなりディープな紅茶党ですね!」
 「ええ。コーヒーも嫌いじゃないですが、やはり紅茶ですね」
 「ティーカップもティーサーバーも高そうですけど・・・」
 「会計事務所にいた頃に食器の輸入商社を担当していましてね。そこの社長にいろいろ話を聞いているうちに、自分でもほしくなって、これはその会社から安く譲ってもらったんですよ・・・って、青山さん、そういう話を聞きにきたわけじゃないんでしょ?」と、木下は話が長くなりそうなところで珍しく自分から切り上げた。
 「いやぁ~、顔に出てしまいましたか。実は今さらな質問で恥ずかしいんですけど、決算書の中で消費税の税込と税抜とがどんな違いが出てくるのか、よくわかっていなくて・・・」

 「確かに、経理の方法では税込・税抜のどちらも認められていますね。ただ、どちらかによって会計上の仕訳などの途中経過も、損益計算書の各項目の金額も違ってきます。言葉で説明するのは難しいなあ・・・ちょっと書いてみますね」
 木下は上着のポケットから金属製の3色ボールペンと手帳を取り出し、さらさらと一つの表を書き上げた。

 「会計の仕訳…ですか、簿記はかじった程度だから、わかるかな・・・」
 「丁寧に説明しますから、大丈夫ですよ。取引は税込価格で売上108円、仕入81円だけだったと仮定しますよ。表の赤い文字は損益科目、青は資産・負債科目です。まずは簡単な税込の方からいきましょう」

 むむっ・・・と表をひとしきり覗き込んでいた青山が言った。
 「税込ですから、損益計算書にも税込で売上と仕入が計上されるわけですね」
 「その通りです。税込経理の特徴としては決算整理で納付すべき消費税を計上します。ただ、会社によっては期末で④の決算整理をせずに、来期、消費税納付のタイミングで計上するケースもありますよ」
 「なるほど。これが税抜きになると・・・使う科目が増えていますね。こっちは難しそうだな・・・」
 「そうですね。経理上では税込みの方が実務上の負担が少ないのですが、納付すべき額を把握するのには不向きなんです。会計事務所にいた頃は、極力、税抜経理を行っていました」
 「売上の時に預かった分を仮受消費税、仕入の時に預けた分を仮払消費税としているわけですね」
 「そうです。こうして取引ごとに、消費税額を分けて積み上げていくんです。そして決算整理のタイミングで仮受消費税と仮払消費税を精算します。差額はどうなるでしょうか?」
 「わかりました。積み上げ計算した差額が納付すべき消費税、ということになるんですね!」
 「正解です。もう少し細かく言うと、仮受消費税が多ければ消費税の納付をすることになり、仮払消費税が多ければ消費税の還付を受けることになります」

 「確かに、税抜だと仮受・仮払が計上されるから、正味の差額が把握できそうですが、こういう経理帳簿を目にすることはあまりないからな・・・最終的な決算書にはどう残るんでしょうか?」
 「試算表があればわかるんですけどね。でも、決算書にも、税抜・税込ともに負債に未払消費税が残りますよ。税込の場合だけ、損益計算書に対応する租税公課(消費税)が計上されることになります」
 木下は話しながら、もうひとつの表をさらりと書き上げ、残っていた紅茶を飲み干した。

 「なるほど!税込と税抜で売上規模が違うことは知っていましたが、頭の中で整理ができましたよ」
 「それはよかった。ところで青山さんは税抜きならぬ“砂糖抜き”ですね」と、木下が面白そうに言うと、青山が「そうです。名前はブルーマウンテンですが、実はブラックです」と間髪入れずに返したので、ふたりはマンガ日本昔話の大団円のように声をあげて笑った。その風景を、給湯室から出てきた課長の中谷が、不思議なものを見るような目でしばし見ていた。

経理処理における税込と税抜

 消費税の納税義務がある事業者において、税務署への申告書提出に際し作成される決算書については、税込または税抜のどちらを選択してもよいこととされています。
 経理の内容は木下が話したとおり、税抜経理では課税売上及び課税仕入にかかる消費税額を仮受・仮払消費税と区分して把握します。一方、税込経理では課税売上及び課税仕入にかかる消費税額は区分せず、納付税額は租税公課として経費計上されることになります。
 実態として、大企業においては税抜処理が適用されていますが、これは消費税があくまで預り金であり、その企業に帰属するものではないため、そして、経営分析の観点からも税抜の決算書の方が好ましいとされているためです。
 しかし一方で、消費税の申告義務がない免税事業者においては税込経理が求められていることから、免税事業者を含む中小零細企業においては税込にて決算書が作られることも往々にしてあります。中小企業間の決算書を比較する際は、税抜・税込の決算書が混在する可能性について一応の留意が必要です。
 
 

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