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2015.09.11

[企業審査人シリーズvol.95]

審査課は3月決算企業の審査繁忙期を終え、夏休みシーズンも終盤にさしかかっていた。青山も少し余裕が出てきて、9月の期末に向けて今期の仕事の振り返りをしてみようと思っていた。青山の会社は9月決算で、期末・期初には課長の中谷との面接が控えている。
 経理課に木下という盟友を得た青山は、ベテラン揃いの審査課の布陣の中で、財務面を自分の強みにできないかとぼんやり考えるようになった。

 そんな中、木下に「たまには」と誘われたランチの席で、青山はまた財務談義を持ちかけた。
 「木下さん、よく与信管理では自己資本比率が大切だと言われていて、その意味合いは当然わかっているのですが、決算書上の資本の部というやつは、何だか難しくて苦手意識があるんですよ」
 「今回は純資産の部、ですね。青山さんも決算書はだいぶ詳しいのに、一体どのあたりが苦手なんですか?」
 「資本金は当然わかりますが、剰余金関係ですかね。資本の部に損益計算書の利益が貯まっていくというイメージは持てていますが、準備金だの評価差額金だの、いろいろ他にもあるじゃないですか」

 「なるほど。じゃあ、ちょっとおさらいを兼ねて、純資産の部でとくに重要な株主資本を順番に掘り下げてみましょう」と、木下がフリードリンクで持ってきたアイスティーを脇に避けて、講師モードに入った。
 「資本金はわかりますよね。事業を始めるときの出資金からスタートして、増資や減資で増減しますが、流動資産や負債のように動くような科目ではありません」
 「資本金は増減があれば登記をしなければならないんですよね。資本金はわかるんですが、資本剰余金になると、とたんにぼんやりしてしまうんです」
 「資本剰余金は資本取引から生じた剰余金と説明されますが、ちょっとわかりにくいですよね。会社法の要請によって、払込時に資本に組み入れられなかった額とか、その他資本剰余金の配当に伴う積立といった内容の資本準備金などがあります。なぜそんなことをしなければならないのかと言えば、会社は資本を充実させ、維持しなければならない、という思想があるんです」
 「会社は資本を増やして事業を拡大していくのが理想なので、資本に厚みを持たせるのは当然ですね」
「では、次の利益剰余金に行きますよ」
 「ここはイメージしやすいです。損益計算書で利益が出れば増え、損失になれば減る繰越利益剰余金のところですよね」
 「基本的にはそういうことです。資本剰余金が資本取引から生じた剰余金と話しましたが、利益剰余金は損益取引から生じた剰余金ということです。利益剰余金の配当に伴う積立のほか、獲得した利益の社外流出を防ぐための任意積立金などがあります。この資本の部は、株主資本変動計算書と密接に関係するわけですが、青山さんは審査のときに株主資本変動計算書って、見ていますか?」
 「正直言えば、あまり見ませんね。複数期を見るときに連続性のチェックくらいはしますが。」
 「上場企業では株主は多数にわたり、株価対策で自社株買いといった動きはよく日経新聞に載っていますよね。例えばこれは株主資本変動計算書に載ってきます。自己株式は純資産の部にマイナス表示されるので、その内容や資本金に占める割合が大きい場合は注意が必要でしょう」
 「なるほど。上場企業はあまり審査をしたことがないですが、最近は中小企業でも自己株式がありますね。関係会社から持ち株を買い取ったり、関係者に分散していた持ち株を一時的に買い取ったりといったケースが多いようですね」
 「そうです。そのあたりは社長が交代したりするタイミングでよく生じるので、株主構成と併せて動きを見ておく必要があります。また、同族会社や中小企業では合併や事業分割といったケースで資本の部が大きく動きます。とくに組織再編によって株主資本変動計算書が大きく動いている場合は、とても重要になります」
 「事業再編した会社をあまりまだ見ていませんが、確かに影響が大きくなりそうですね」
そう言ったところでデザートの皿がふたりの前に現れた。そこには薄めのシフォンケーキが載っていた。

株主資本変動計算書

「株主資本変動計算書」は、かつての「利益処分案(損失処理案)」に代わって導入されました。その背景には、決算終了後の定時株主総会時だけではなく、期中で剰余金の配当を複数回行うことが許容され、純資産項目の期中変動要因や金額を把握する必要性が増したことがあります。
 「利益処分案」では、期末の未処分利益を配当金や積立金や準備金へ処分した流れが表示されていました。一方、「株主資本変動計算書」は、純資産の部の各項目が決算期間内でどのような要因でいくら変動したかが表示されます。「貸借対照表」は期末時点ですが、「株主資本変動計算書」はそのうちの純資産の部の期中の動きを捉えています。

純資産の部の各項目

従来は「資本の部」と表示されていましたが、2005年12月に公表された「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」に従い、「純資産の部」と改められました。その内容は、木下が話した「株主資本」のほか、「評価・換算差額」と「新株予約権」から構成されています。

 会話の中で触れられなかった後者の内容について補足すると、まず「評価・換算差額」には、その他有価証券の評価差額金や土地再評価差額金などが含まれます。資産の評価替えが求められているものの、未実現の利益のため損益認識すべきでないとされる資産評価に対応する勘定が計上されます。
 「新株予約権」は予約権者がこれを行使すると、新株の交付を受けることができます。これは資本金となる可能性があるものの、行使されずに失効することもあり、仮勘定とみることができます。ただ、返済義務がある負債とは性格が異なることから、純資産の部に計上されます。

事業再編

「株主資本変動計算書」における各科目の期中の変動要因の一つに、企業結合における増加や会社分割における減少といった事業再編の状況が反映されることがあります。これによって、例えば合併や事業分割時の規模の把握につながります。
 事業再編が行われた場合、青山の話にあったように会社の運営方針の転換や支配権・ステークホルダーの変動といった、今後の状況を大きく左右する決定がなされることもあるため、同時に定性情報の収集や、その見極めが重要になってくるでしょう。

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