財務分析からわかること ~要チェックの分析指標とは?~
2015.09.18
その日、ランチの席を共にしていた審査課の青山と経理課の木下の前に、デザートのシフォンケーキが運ばれてきた。株主シフォン変動計算書・・・・自己シフォン比率・・・青山の頭の中に「自己資本比率」のキーワードが浮かんでしまった。日頃の審査でもっともなじみ深い財務指標だからか。
「そういえば、審査の場面では自己シフォン比率、いや自己資本比率とか、いろんな財務分析比率はよく見ますが、会計事務所に勤めていたときは分析比率って使っていましたか?」
シフォンを口に運びながら、青山は尋ねた。
「会計事務所では決算書を作るのに時間の大半を割かざるを得ないのが実情でしたからね・・・。ただ、申告書ができあがった後の報告では、重要な指標を盛り込んでいましたよ」
「そこで言う重要な指標って、どれですか?」
「無借金経営でない限り、まず有利子負債月商倍率。これは必ずと言っていいほど確認していましたね」
「月商に対する借入金の量を表す指標ですね。月商倍率が低いほど、安定性が高いんでしたね」
「そうですね。損益状況や資金繰りの状況とセットで説明する必要はありますが、現状どのくらい借りているのか、借入余地はどの程度あるのか、ということは社長と共通認識を持つようにしていました」
「うちの課長も、審査をする人は財務数値のモノサシをもっていなきゃいけない、と口癖のように言います」
「その通りですよ。もちろん業界ごとに基準は違いますが、社長によく説明していましたね。有利子負債月商倍率なら、1~2カ月は青信号、3カ月は黄色が点り、6カ月まで行くと赤信号ですよ、と覚えてもらうようにしてしましたね。会社経営でも、そういう客観的なバランス感覚は重要ですからね」
「財務分析値は、社長にとってふだん聞き慣れないものが多いので、説明しても理解してもらうのが難しかったですね。財務分析と聞くだけでいやな顔をする社長もいましたから。なので、業種に応じて重要度の高い指標だけをピンポイントで説明しましたね」
「どんなパターンがありましたか?」
「そうですね、例えば卸売業や小売業だと在庫の管理が重要ですよね。だから、月商に対する在庫量を表す棚卸資産回転期間をよく取り上げました。効率性の指標ですね。もちろん、どの業種でも、レーダーチャートから特に悪い数値になっているものは確認して、原因を考えてみるということはしていましたが」
「なるほど。審査でも、棚卸資産回転期間の異常値は在庫の水増しを疑え、と言いますからね」
「実際、棚卸資産回転期間が年々に良くなっているのに、社長が考えていた在庫量と会計上の棚卸高が乖離していて、原因を追及したケースがありましたよ」
「棚卸資産回転期間の良化というのは、つまり在庫量が少なくなっているということですよね?」
「その通り。ただ、そのケースでは実際に商品が売れていたのではなくて、従業員による商品の横領が後になって明らかになったんですよ。社長は営業肌で、在庫管理や経理面に苦手意識があったのも確かですが、単一の指標だけでは、時として誤った結論を導き出してしまうというケースでしたね」
「確かに、決算書も貸借対照表や損益計算書だけ見て判断するのはよくないですよね。定性情報まで含めて、総合的に与信の材料にしなければいけませんからね」
「そうそう、おいしいケーキが紅茶によって引き立つように、ですよ」
「?」と少し混乱した青山だが、次の瞬間、腕時計の時間を目にして慌てて立ち上がった。
TDBの財務諸表分析表
TDBの信用調査報告書に添付されている財務諸表分析表では、財務指標を①収益性分析、②効率性分析、③安全性・安定性分析の観点から大別し、各指標を提供しています。
①収益性分析は、会社の収益獲得能力がどれくらいあるかを判断する指標となり、主に売上高経常利益率などがあります。②効率性分析は、投下した資産が売上の獲得にどれだけ貢献したかを判断する指標となり、棚卸資産回転期間などがあります。③安全性・安定性分析は、業況の変動に耐えうる体力や安定した経営ができているかを判断する指標となり、有利子負債月商倍率などがあります。
決算書の勘定科目を見てもわからなかったことが、これらの財務指標を確認することで浮き彫りになるほか、同業他社などとの比較もできるようになるため、財務指標は企業審査の基本的な道具として理解しておくべきものと言えます。エピソード中で登場した財務指標について、補足しておきましょう。
有利子負債月商倍率
この値が低いほど、「安全性が高い」と言えますが、一方でこの指標は売上規模と借入金規模のバランスであるため、必ずしも高い数値が一律に悪いとは言い切れません。
木下が話した基準もあくまで一例であり、ホテル業といった多額の固定資産が計上される業種では、合わせて借入金も多くなるため、おのずと有利子負債月商倍率も高くなる傾向にあります。
返済期間は適切か、また返済原資はどの程度有しているのか、収益性やキャッシュ・フローの分析も視野に入れた判断が大切です。固定資産の投資はたいていの場合において期待した投資効果があり、それに基づいて返済計画も立てられています。審査においては「計画通りに進んでいるのか」を確認することがポイントになり、財務指標の推移によりその進捗を検証することが大切です。
棚卸資産回転期間
具体的には(棚卸資産÷月商)という算式で求められます。回転期間が長期化している場合、販売不振や過剰仕入、過剰生産の可能性があり、さらに在庫の不自然な増加によって回転期間の長期化が突出していれば、粉飾の兆候をつかむポイントにもなります。
また、棚卸資産の推移にも注意が必要です。なぜなら、原価計算において期首在庫に当期仕入を加えて期末在庫を引くという計算を行っており、この期末在庫を架空に増やすとことで原価を減少させ利益を水増しするといった操作に用いられることが多いためです。
日常の審査で逐一チェックすることは難しいですが、過大な場合や変動が大きい場合は、工場や倉庫といった現場を営業パーソンにチェックさせるといった「実体の確認」を試みることも大切です。