決算書を見る力とは(前編) ~財務諸表のつながり~
2016.01.18
一人前の審査人として案件数が増えた青山は、今期の初めの中谷課長との面接で、自分のキャリアアップ目標として「決算書を見る力の向上」を掲げた。
面接でそれを見た課長の中谷は、青山に聞いた。
「だいたい基礎的な学習は済ませてきたと思うけど、どういうことを意識するイメージかしら?」
「それはまだ具体的には・・・ただ、決算書の面白さがわかってきたので、もっと学びたくなりました」
「その気持ちがちゃんと成果につながるように、来週までにどんなことを意識するのかをまとめてちょうだい」
面接の翌日、会社の近所にできたイタリアンレストランに経理課の木下と行く約束をしていた青山は、オーダーした食前酒とアンティパストが運ばれてくるなり、木下に話しはじめた。
「木下さんにいろいろ教わって、改めて決算書を見る力をつけていこうと目標を立てたものの、課長に具体的にどうやって進めるのかと聞かれて、詰まってしまいました。木下さんは決算書を見る力ってどんなものだと思いますか?」
「それはまたぼんやりした難しい質問だな・・・」と木下は少し戸惑ったが、すぐに言葉を継いだ。
「いろいろな考え方があると思いますが、アプローチとしてはその業種の特徴を知っていること、そして簿記・会計的な知識のふたつが求められるんじゃないでしょうか」
「業種毎の特徴ですか。審査でよく言うモノサシに近いものでしょうか?」
「そうだと思いますよ。決算書も業種によって、特徴やポイントに共通点を見いだすことができますからね」
「例えば、うちは内装材を主に扱う建材会社だから、建設業の特徴については頭に入れておかないといけないですよね。僕も少しはイメージできますけど、木下さんから見ると、建設業の決算書の特徴やポイントはどんなところにあると思いますか?」
「どの業種にも同じことが言えるかもしれませんが、まずは利益構造を捉えることが重要ですね。建設業だと工事原価報告書の内容と粗利益の関係性を把握したいところです」
「こないだ課長にも注意されたばかりです…。外注依存度や人件費比率をつかむには必須ですね」
「その通り。ほかにも、建設業だと売上の計上基準が2つありますからね。これは知っていますよね?」
「完成・引き渡しが完了した時点で売上計上する工事完成基準と、工事の進捗度に応じて売上計上する工事進行基準です」と食前酒のグラスを空けながら、青山はスラスラと答えてみせた。
「大正解。工事進行基準はソフトウェアの開発においても適用されますが、その進捗度を客観的に把握するのはとても難しくて、粉飾のリスクが潜んでいる可能性もあります」
「それが一番着実な方法ですが、やはり決算書は取引、つまり仕訳の集積の結果ですから、取引の流れをイメージするように気をつけるだけで、決算書を深く見るヒントになると思います」
「結果の分析から一歩進んで、どのように作られたかという着眼点ですね。木下さんは中小企業の決算書をたくさん作ってきたからイメージできるのだと思いますが、何かポイントってありますか?」
「個々の仕訳にたどり着くのは困難です。まずは貸借対照表と損益計算書、株主資本変動計算書がどのように繋がっているのかを意識してみるといいと思いますよ」
「それぞれのつながりと言ったら・・・PLの税引後当期純利益とBS・純資産の繰越利益剰余金、ですか」
「一番基本的なところはそこですね。もう一歩進んで、例えば前期に比べて売掛金や棚卸資産が大きく増えていたら、青山さんはどのようなところに注意しますか?」
「売上が増加しているかをチェックしますね。もし逆に売上が減っていたら、回収条件の悪い取引が増えた可能性とか、滞留在庫の増加を疑うでしょう」
「さすが、一人前の審査人ですね。私が言いたいところは、まさにそのようなところです。いずれの仕訳も資産・負債・純資産のBS科目か、収益・費用のPL科目になります。決算書を見ていて、ある科目の急な増減が目にとまったら、その原因や他の科目への影響を考えてみることが大事なんです」
「キャッシュ・フロー計算書も、企業の資金繰りを押さえる材料ですよね」
「ところで青山さん、まだ前菜しか頼んでないので、そろそろ何か注文しませんか」
「そうでした!決算書でお腹いっぱいになりそうでした」と青山がメニューを開くと、声を上げた。
「木下さん、キャッシュなんて料理があるんですね!」
「青山さん、それはキッシュですよ。青山さんも決算書の中毒症状ですね」と木下が穏やかに笑った。
業種の特徴を把握する
木下の説明にもあったとおり、業種の特徴を知っておくことは重要です。この点は、一定の経験が求められる分野ではありますが、以前にもご紹介したTDBの「全国企業 財務諸表分析統計」を役立てて頂けると幸いです。
「収益性」、「効率性」、「安定性・流動性」、「成長性・生産性」、「採算性」を 示す56の財務比率項目について業種別・規模別に算出しています。また、TDBの調査報告書の財務諸表分析表には、業界の黒字企業の平均値である「基準」比率や、業界内ランクをA~Eの5段階で表示していますので、調べている会社がどの位置付けにあるのか確認することができます。 そこから掘り下げて、分析企業の利益構造はどうなっているか、同業他社と比べて財務や損益面での強み・弱みが掴めるようになると、決算書を見る力がついてきたと言えるでしょう。
財務諸表間のつながりを意識する
貸借対照表が一定時点のストックを表している一方で、損益計算書、株主資本変動計算書、キャッシュ・フロー計算書は一事業年度のフローを表しています。つまり大枠として、前期末の貸借対照表からスタートして、フローを表す諸表を介し、結果として残った科目残高の集積が当期末の貸借対照表という時系列的な関連性があります。
連続する決算期を比較してトレンドを把握するとともに、財務諸表間での流れを意識して見ることを習慣化されてはいかがでしょうか。
■決算書を見る力とは(後編) ~月商比と科目の性格~
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