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  • 取引先の情報開示 ~年始展望~

2016.01.05

[企業審査人シリーズvol.104]

 その日、審査課では新年会と称して数名がいつもの居酒屋に揃っていた。夕方新年の挨拶に立ち寄った調査会社の調査員・横田も中谷に誘われて一緒に来ることになった。
 乾杯の後、しばらく中谷が横田に最近の景気動向について話を聞いていたが、ビールから焼酎ボトルに切り替える頃、青山が隣にいる横田に話しかけた。

 「そういえば、年末にいただいた調査報告書は久しぶりに判明分報告というやつでしたよ」
 「そうですか。それは申し訳なかった。どんな内容でしたか?」
 「相手が話してくれなかったみたいで・・・新しい小さな会社でまだ許認可も持ってないんですけどね。ああやって話してくれない相手だと、横田さんも困っているんだろうなと思いながら読みました」
 「いや、何とか信用判断ができる材料を得られるようにするのが私たちの仕事なので、そういうときこそ頑張るんですけどね。中にはどうにもならないこともあります。インターネット検索じゃわからない情報をどれだけ報告できるか、が僕たちの存在意義ですからね」
 「でも、審査する自分たちからすると、話さないのが不思議ですけどね。お互いを信用して商売をしているんだから、ある程度は情報を出し合うのが当然だと思うのですが、そういうものじゃないですか」
 青山が審査の立場で物を言うので、横田が逆になだめるように話した。
 「いや、誰だって調べられるというのはいい気持ちはしないものですよ。僕もお前たちは人の情報で商売しやがってとか、言われることがあります。感情としてこういう商売を許さないって感じですね」
 「でも、そんなことを言われたら、横田さんはどうしているんですか?」と、審査の立場とは言いながら、青山が悔しそうな顔をしながら興奮しているので、横田と中谷が顔を見合わせて笑った。
 「直接どこまで説明するかはケースバイケースですけど、いつも心に思っていることはありますよ。私たちは人の情報を盗んでいるわけでも、あぐらをかいて集めているわけでもない。タダほど高いものはない、という言葉がありますけど情報をいただけるようになるまでに努力をしているつもりです。情報を出して良かったと思っていただけるように、話をする社長に役立つ情報を仕入れたり、アドバイスできるように勉強したりしています。まだまだ足りないところも多いですが、そういう情報を出してくれる信頼関係をつくることが、この商売の歴史なんだと思っています」と、横田は笑顔ながらも熱く語り、残っているビールを飲み干すと、中谷が相槌を打った。
 「そうね。そういう意味じゃあ、信用調査って、盗聴とかスパイとかとはぜんぜん違うのよね」
 「そうです。だからやりがいもあるし、難しいんです。信頼関係ができるまでに、たくさん断られる経験もしています。ただ、調査に応じなくても、青山さんのような審査側では情報不足の相手に対して、どうしても慎重になるし、それが結果として調査先のデメリットになることもあります。直接来いと相手に伝えてくれ!と言う経営者もいますけど、大きな会社では営業窓口と別の第三者が審査をしているという仕組みから説明して、その上で経営判断をしてもらうようにしています」
 「クールな横田さんが珍しく熱くなったわね。私たちとしては、横田さんたちに頑張ってもらうしかないわ。青山は、そういうことも理解しながら、しっかり報告書を読み込んでね」と、中谷は青山に注文をつけた。
 「ええ。横田さんの仕事も大変なんだなって、改めて思いました。仮に横田さんのような仕事がなかったとして、僕らが直接話を聞きに行ったら、初対面だし、いろいろ売り込まれそうですよね。商売の当事者同士だとなかなか難しいところに、横田さんのような仕事があるんでしょうね」
 「そう。客観性は大事じゃよ。そういえば、青山君は年末に新しい彼女ができるかもって言っておったが、その話はどうしたんじゃ」と、眠っていたかに見えた水田が中高年特有の脈絡のなさで話しかけた。
 「水田先輩には恐縮ですが、ノーコメントとさせていただきます」と青山が困惑した顔で言うので、「情報は公開しないとだめなんじゃなかったの?」と中谷が楽しそうに青山の頭をつついた。 

信用調査の取材拒否

 信用調査への経営者の対応については、ネット上でもどうしたほうがいい、といったアドバイス情報が溢れています。経営者の信用調査への対応は企業経営における重要な経営判断であり、情報戦術でもあります。
 調査会社の信用調査は、主に取引先の信用状態を調べる目的で、取引の当事者の一方が調査会社に調査を依頼し、依頼に基づいて調査会社がもう一方の当事者に取材し、依頼者に報告するものです。このビジネスモデルの基本は明治時代から続いており、今も変わりません。そして、調査会社の歴史は「調査に応じていただける会社を増やしてきた」歴史とも言えます。信用調査では調査先の会社への直接の取材に加え、関係者への取材も行われますが、当然ながら情報を出す側にも何らかのメリットがないと、つまりギブアンドテイクが成立しないと、継続的な情報提供にはつながりません。
 よって、調査員には「この人になら話せる」と思ってもらえるような、振る舞いはもちろん、相手に役立つ知識を持つことが求められます。メリットは知識だけとは限りません。調査員は誰しも、ご高齢の社長から商売が順調だった頃の思い出話を長時間聞いたり、社員にも言えない悩みを社長から聞いて意見を伝えたり、といった経験をしています。「調査で自分の会社の話をすると、頭が整理できる」と言っていただける経営者もいます。

 横田が触れたように、情報を求められてそれを開示しないことにはデメリットも伴います。取材を拒否した後に取引が不調になり、「そんなことなら話したのに!」と憤慨される社長もいます。私たちは取材協力をいただけるよう努力しつつ、経営者にメリット・デメリットを説明した上でご判断いただくように努めていきます。 

2016年のはじまり

 調査員のつぶやきから始まってしまいましたが、2016年がスタートしました。アベノミクスによる景気の復調とともに、中小企業への手厚い金融支援政策の継続もあり、倒産件数は低水準の状態が続いています。
 一方で、倒産に至る前に事業売却や統合を行うなど、事業の「出口」は多様化しています。超高齢化社会に入り、後継者不足による廃業は高水準での推移が予想されます。また、好景気に乗じた取り込み詐欺や、いわゆるハコ企業の暗躍なども見られます。
 さらに、東芝の不正会計問題やくい打ち業者のデータ偽装問題などから、コンプライアンスの観点での監査・監視がますます強化される動きもあり、従来放置されていた企業内不祥事やコンプライアンス違反までもが問題視・露見するケースがますます増えていく可能性もあります。
 景気は中国市場の減速や再度の消費増税前後の動きなど、読み切れないところがありますが、物流・金流が一時の停滞期よりも活発化しているのは明らかです。不景気の時代には世の中全般がセーフティ・モードになりますが、今はそのスイッチが外れる局面に入りつつあるように思えます。

 会社の「セーフティ」な部分を支える審査部門の役割はなおさら重要になります。溢れる情報の真贋を見極めるのはもちろん、案件の複雑化・多様化に対応しながら、ますますスピーディーになる商取引を支えていかねばなりません。今年も忙しくなりそうですが、企業信用という経済基盤を支える役割を担う使命感を胸にがんばっていきましょう!
 
  
 

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