審査のポートフォリオと目標設定 ~俯瞰・鳥瞰・山勘~
2016.02.29
月例の審査課会では課長の中谷が処理件数や滞留件数、重要案件の審査内容をA4サイズの1枚にまとめてきて、全員で確認するとともに、一緒に判断が難しかった案件をケーススタディとして1~2つ取り上げて意見交換をするのがいつもの流れだ。
課会といっても課長の中谷に水田、秋庭、青山と少人数なので、いつもあれこれ話はしているのだが、中谷が課長になってからは毎月こうした課会を行っている。その課会の終わり間際に、課長の中谷が6頁からなる資料をメンバーに配っていた。
「取引先診断レポート?これは初めて見るもんじゃな」と、ベテランの水田が資料を顔に近づけている。
「そうです。調査会社の横田さんがサンプルを持ってきてくれたので、参考までにお配りしました」
「これは毎年やっているポートフォリオ分析とはまた違うんだな・・・倒産予測値が入っているのか」と秋庭。
「そうね。今は半年に1回、取引額と評点の2軸で作っているけど、これは評点と倒産予測値の2軸を使ってより精緻な重点先を炙り出すことができます、という話ね」と中谷が答えた。
「そうか、半年前は社内研修に行ってたから、青山はいなかったのね。これよ」と中谷が分厚いファイルから図表を取り出して、青山の方に滑らせた。
「ああ、見たことがあります。縦軸を評点、横軸を取引額でとって取引先をプロットしたやつですね」
「じゃあ聞くけど、それから何がわかるんだったっけ?」と中谷がすかさず質問を入れた。
「えっと・・・取引額が多くて評点が低い会社がないかを確認できるんでしたよね」
「そうね。それが一番コアな使い方ね。表の右下のゾーンは審査の要注意ゾーンになるわね」
「逆に評点が高くて取引が少ない左上のゾーンは、営業深耕のターゲット」と秋庭が付け加えた。
「できないことはないけど、評点データを一斉に全件とるのは難しいから、お願いしてるのよ」
「それはそうですね・・・でも、こうして見ると、取引額が少ない先は50点前後にかなり固まっていますね」
「これでもだいぶきれいになってきたんじゃ。取引額と評点が比例しておるから、健全な状態になってきた。最初にこれを出したときは、結構ばらけておったからの」と水田が資料を見ながら言った。
「そうですね。取引額と評点が比例している帯からはずれたものを、個別に対応していきましたからね。まだいくつかあるけど、社名が書いてなくてもどこだかわかるくらいにはなってきましたからね」と中谷も水田と一緒に感慨深げな顔をして資料を見ていたが、顔を上げると青山が遠い目をしている。
「どうしたの。そんな顔して」と聞くと、青山が答えた。
「いや、審査をやらせてもらうようになってから、日々の案件に追われていて、こうやって全体を見るような機会があまりなかったなと・・・」
「そうでしょう。あなたの日々の審査の結果がこうして表れてくるのよ。さらに、この評点を別の計数に置き換えて、取引額に乗じて全体のリスク量を半年ごとに比較することもしているわ」
「なるほど。たまにはこうやって鳥瞰してみるのって、大切ですよね」と青山がしみじみ言うと、「ちょうかん?・・・ああ、新聞の話じゃなくて、鳥が見るやつか。難しい言葉を使うのう」と水田がとぼけた調子で言った。
「普通は俯瞰するって言わないか?青山」と秋庭も突っ込んだ。
「まあ、青山は審査が山勘にならないように、気をつけてちょうだいね」と中谷が言うと、 「まあ、わしくらいになってくると、勘のほうが当たっているがな」と水田が愉快そうに笑い、青山は苦笑いをした。
「さて、倒産予測値を使った提案、今週の金曜日までにそれぞれ見ておいてちょうだい。評点がこれから上がる先とか下がる先の識別ができそうなので、私は一度やってみようかと思っているけど。みんなの意見を聞きたいわ」と言って立ち上がると、その日の課会が終わった。
取引先の俯瞰
中谷の審査課では半年ごとに得意先別の年間取引額と評点を使った分布図を作成し、取引全体のリスクを視覚的に確認することを数年前から行っています。
TDBでは「取引先ポートフォリオ分析」という商品として提供しています。会話の中にもあったように、評点が低いのに多く売っている先が審査の重点先、逆に評点が高いのに売上が少ない先は営業の重点先となり、明解な図表ですので審査のみならず営業でも活用できるのが特徴です。
今回横田が提案してきたのは評点と倒産予測値のマトリクスですが、これを用いると「評点は高いが倒産リスクが高い企業(=評点が下降傾向にある企業が多い)」「評点は低いが倒産リスクも少ない企業(=新設など成長企業に多い)」の識別が可能になり、より立体的かつ精緻に審査/営業の重点先を見出すことができます。
こうした管理ツールは、取引先全体を俯瞰して与信リスクの所在を浮き上がらせるのに有効であると同時に、経時比較をすることによってその期間の審査の成果を目で確認する効用もあります。たまには紙やパソコンから目を上げて、全体を見るようにしたいものです。
審査の目標設定
一方で毎期そう多くの不良債権が出るわけではない会社においては、日々の案件処理に忙殺されていても、具体的な目標を置きづらかったり、メンバーが業務での達成感を得にくかったりということがあるようです。審査課長の中谷もメンバー当時にそうしたことを実感しており、若手の部下もいるところで、仕事の目標や成果を「見える」化することに意識して取り組んでいるようです。
課会でも処理件数を前年同月と比較する、予定件数に対する進捗率を出す、滞留件数を出すなど、数値化できるものをできるだけ数値化することによって、メンバーにも仕事の進捗や成果を実感させられるようにしています。
ただし、こうした数値管理は、方向を間違えると数値の改善が目的となってしまい、その背景にある本質的な問題を見過ごしたり、かえってメンバーのモチベーションを下げてしまったりといったことにもなりかねません。
したがって、単純に人事評価に充てるといったことではなく、数値の背景を探ってメンバーのパフォーマンスを見定めることが、マネジャーの役割と言えるでしょう。
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