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  • 粗利益率の変動 ~木下の電話相談~

2016.07.19

[企業審査人シリーズvol.118]

経理課の木下は、忙しかった仕事が一段落ついて、束の間の息抜きをしようとリフレッシュルームへ向かおうと立ち上がった・・・ところへ、木下の電話が鳴った。かけてきたのは新人営業部員の東山である。営業部の上司・八木田とともに、こうしてときどき問い合わせの電話をしてくるのだが、東山の電話はいつもどこか間が悪いところがある。しかし中途入社ながら他部署の人から頼られるのは木下にとってはうれしく、すぐ椅子に座りなおして応対モードに入った。
「木下さん。また初歩的なことで申し訳ないんですが、確認したいことがあって。少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」と言葉は丁寧だが、声が大きく断りにくい雰囲気を出しているのも否めない。これも八木田の教育による営業員としての成長であろう。
「私で良ければ、喜んで。どんどん活用してください」と、いつも静かな木下の声も釣られて大きくなった。

「事前に決算書をもらったお客さまの粗利が大幅に変動していまして。直接話を聞く前に、粗利がどのような要因で動くのかを自分なりに整理しておきたくて、電話したんです」
ウッドワーク社の主な顧客は床材や壁材を使う建築業者だが、加工業者向けに木材や建築材料を卸しているケースがある。今回の相談対象はそうした木工品製造業者のようだった。
「なるほど、それでは東山さんなりに、いくつか要因は思い浮かんでいるということですね?」
「はい。例えば、仕入原価が前期に比べて上がってしまい、売上への転嫁が間に合わなかったり、価格競争のために売価を据え置いたりするケースがありますね」
「そうですね。結局、粗利の変動は論理的に売上面か原価面のどちらかに起因します。今、東山さんがお話したケースだとすると、仕入単価の上昇が原油のように相場変動による高騰なのか、それとも、仕入先の個別の要因なのかに細分化することができますね」
「はい。ただ、原価については原材料や商品の仕入以外にも、外注費や製造経費もあるので、原価の中身がどのように動いたのかチェックしたほうがいいのですよね」
「そうです。売上が増加しても、自社で処理しきれずに外注に依頼して原価率が悪くなってしまうことがあります。新しい製造設備を導入して原価に計上する減価償却費が膨らんだ、といったことも想定できます」
「なるほど。原価率の変動ひとつとっても、いろんな変動要因が考えられますね」
「コスト面に着目したケースを伝えましたが、売上面での要因としてはどのようなことが思いつきますか?東山さんは営業が仕事なので、こちらの方がピンとくるでしょう?」
「得意先に押されて、単価の値引きをした・・・。真っ先に思い浮かぶシナリオですね。苦しいですが」
「ありがちですね。商品の性質によってはブームが去ったり、ライフサイクルを終えたりして値下げ処分されるものもあるでしょう。数ある商品の売上構成の変化によって、粗利が変わることもあります」
「営業の立場では利益率の高い商材を売っていきたいところですが、お客さまのニーズがありますからね」
「ちなみに、大口得意先を獲得した結果、粗利率が悪化してしまうケースもありますが、わかりますか?」
「ちょっと待ってくださいよ・・・確かに、大口向けは数量を買ってくれる半面、単価的には値引きになるケースが多いですね。そうか、大口顧客を獲得したと褒められても、実は会社の収益性を損ねてしまうことがあるわけですね。覚えておきます」
「そのあたりは売上至上主義なのか収益重視なのか、会社の営業スタンスによっても変わりますけどね。この販売量と粗利の関係は、厳密な話をすると難しいところがあります。製造業では大量に作れば、効率性が上がってコスト的には有利になるかもしれませんが、販売単価が下がって粗利率を下げてしまうこともあります。東山さんが頑張って大口を獲得してくれれば、金額ベースでは粗利は増えるわけですから、利益に貢献していないわけではないのですよ」
「そうか、そうですよね。利益率が下がっても利益額が増えれば増益につながるわけですよね」
「粗利率の変動の背景には話してきたような要因が考えられるわけですが、実際には単一の要因であることは稀で、こうした要因が複合的に発生しています」
「ということは、やはり決算書だけからこれといった要因を特定するのは難しいのでしょうか」
「会社の内部的な原価計算では、商品別であったり、得意先別であったり、なんらかのセグメントで区切って原価管理をしています。でも、決算書上は基本的にそれらの合計が計上されるので、確たる理由を掴むのは容易ではありません。ただ、製造原価明細も確認できれば、理由をある程度絞れるかもしれません」
「なるほど!この会社からは原価明細をもらっていないので、行ったときに見せてもらいます」
「原価明細は連続した期を追って見てください。まれに、会社の裁量で原価に計上していた科目を販管費に振り替えるなど、原価の中身を見直した結果として粗利が大きく変動しているケースもありますから」
「そんなこともあるのですね。難しそうですが、だいぶ頭の中で整理がつきました。社長の前で不安な顔をしなくて良さそうです。また、分からないことがあったらよろしくお願いします!」
スッキリして話を切り上げようとした東山に、木下が質問した。
「それはよかった。ところで一応聞きますが、お客さまの原価率低下の要因が東山さんの高値販売だった、なんてことはないですよね」
「いや・・・それはないです!ありがとうございました!」と勢いよく電話が切れ、木下は受話器を握ったまま(ひょっとして図星だったのか?)と眉間に皺を寄せたのであった。

■粗利率の変動要因

売上から原価を差し引いた粗利(売上総利益)の変動要因は、二人の会話を整理すると、おおまかに以下のようになります。
①売上単価・数量の変動  ②得意先構成の変動  ③商品構成の変動
④製造原価の変動と販売価格への転嫁程度
上記④における製造原価の変動については、仕入原価や外注費・製造経費といったように、要因をさらに細分化することができます。製造原価明細を連続する期で入手していれば、各製造原価科目の変動から粗利の変動要因について「当たりをつける」ことができるかもしれません。しかし、①~③は、決算書の情報のみでは特定することができません。木下が話したように、粗利の変動はこれらが複合的に発生した結果であるケースも多いため、確たる要因を掴むためには決算書外の情報収集が必要となります。

■意外な落とし穴

粗利の金額と率が前期比で大幅に乖離していたため製造原価明細を確認すると、原価科目自体が大きく変わっていた、というケースもあります。製造原価として計上する科目に厳格な定めはないことから、原価計算の中身は会社の裁量で見直されることがあります。このような意外な落とし穴にも注意したいところです。

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