減資の話 ~青山のダイエット計画~
2016.11.21
審査課の青山と経理課の木下は連れ立ってランチに赴いた。最近では毎週のように見られる風景だが、最近ダイエットをはじめたという青山が「蕎麦」を提案し、もともと小食の木下が快諾した。
「細身の木下さんは無縁でしょうけど、僕は先日の健康診断で去年より3kgも体重が増えちゃったんで、ダイエットを始めたんです。でも、思うように減らないものですね・・・」と、青山は蕎麦をすすりながら話した。
「習慣的に体を動かす趣味を持つと良いですよ。私は、登山やサイクリングをしていますからね。先週の休みは、霞ヶ浦を一周、約90kmのサイクリングをしてきました」と、外見を裏切るアクティブな木下が答えた。
「それはすごいですね・・・。そこまでしないといけないかと思うと、気が萎えます・・・そうだ、減量で思い出したんですが、資本金が減っている、つまり減資をしている会社をときどき見かけます」
ダイエットの話が早々に決算書の話に切り替わった。青山と木下が会話を始めると、早いタイミングで決算書の話に切り替わる。コラムだから前後の会話が割愛されているのだろうと想像される読者もいらっしゃるかもしれないが、実際のふたり会話の70%以上が決算書に関するものである。
「会社は本来、どんどん儲けて増資して、大きくしていくものですが、経営には上り坂もあれば下り坂、そして『まさか』もありますし、将来を見据えた経営判断や株主の都合によって減資が行われることがあります」
木下が、そばつゆに薬味のねぎを足しながら答えた。
「減資に至る要因は、やはり赤字が続いてしまったというケースが多いんですかね?」
「減資の効果は、端的に言えば事業規模の縮小です。そのとおり、累損解消のための減資が多いですね」
「でもこのパターンの減資って、会計的に言うと、純資産内での科目振り替えを行っている格好ですよね?」
「そうです。実際に会社の資産が外部に流出しているわけではありません。ただ、累損が残って資本食い込みにあると、見た目の印象に大きく影響しますからね。損益の積み重ねが純資産の繰越利益剰余金ですから、ここがマイナスだと、儲かってないのかとか、債務超過に陥る心配はないかとか、不安になりますよね」
「なるほど。与信管理では定性情報も踏まえて総合的に判断しますけど、上場企業の決算書なんかは多くの人々に見られますし、見る人が会計に明るい人や事情がわかっている人ばかりとは限りませんからね・・」
「だから、見た目も大切、ということでしょう。ただ、経営者によっては、今後の事業規模の縮小を勘案して減資した結果、累損が一掃された、という説明をすることもあるかもしれません」
「ただ、結局は純資産科目同士の振替であって、財務内容が改善したわけではないじゃないですか」
「その通りです。その会社が今後どう舵を切っていくのか、その展望や戦略に注目しなければなりません」
先に蕎麦を終えて蕎麦湯を作った木下の眼鏡が湯気で曇っている。
「税金上のメリットを勘案して、減資に踏み切ることがありますよ」
「確かに、それは聞いたことがあります。資本金額での中小企業の切り分けは、1億円でしたっけ」
「世間一般で言われる線引きは、1億円以下かどうか、です。いろんな税制が絡んでくるので詳しくは説明しませんが、1億円以下の場合は800万円以下の所得に軽減法人税率が適用されたり、大企業では損金不算入となる交際費について一定の損金算入が認められたりします」
「投資促進のための税制も、確か中小企業向けでしたよね」
「さすが、よくご存じですね。ただ、中小企業を取り巻く税制は適用年度によって扱いが変わりますし、今後廃止されないという保証もないでしょうから、十分注意しなければいけませんよ」
「累損解消が主目的だけど、その時の税制上のメリットを考えて1億円以下まで減資する、という判断があるわけですね」
「あと、資本金が5億円以上、または、最終事業年度に係る負債の部の合計が200億円以上の大会社は、会計監査人による監査が義務付けられています。資本金を5億円未満とするのも、減資の判断軸です」
「いつものように頭がスッキリしました。今日もありがとうございます!」
満足げにそば湯を飲み干し、席を立とうとした青山に、木下が声をかけた。
「あっ!待って下さい、青山さん。減資が行われる場面はまだまだありますよ」
「そうなんですか?あんまりイメージできないなぁ」と、青山が座りなおした。
「累損解消は純資産科目内の入れ替えですが、きちんと株主にお金を払い戻す減資もあります。ですので、株主の整理を進めるために減資に至るケースもあります。例えばもともと共同出資で2名の株主兼代表でスタートしたけど、片方が手を引くといった会社がありました」
「そうか。株主は人だけではなく、法人であることもあるわけで、それこそいろんな事情が想定されますね」
「その通り。社長ひとりの同族会社で、設立から長い年月を経て資本が充実してきたけど、そろそろ相続を見越した動きに入ろうか、というケースもあります。こうなると個人の税金が絡むので、税理士に相談が寄せられる事が多かったですね」
「社長が持っている会社の株式は相続財産になりますからね。減資の裏に後継者への事業承継が隠れている場合もあるのですね」
「私の短い経験上の話だと、減資の背景はだいたい今まで話してきたような理由でしたよ」
「ひとくちに減資といっても、いろいろドラマや事情があるんですね」
「減資はその会社の大きなターニングポイントを示していることがありそうです。事情の把握が肝要ですね」
「ところで木下さん、時計が12時55分を示していますが、これはかなり走らないと間に合いませんね」
「青山さんと揃って減量ですか、あっはっは」と、木下は優雅に立ち上がった。
店を出るなりふたりは会社に向かって走りはじめたが、木下は優雅にして速く、青山は差を広げられた。
(やっぱり霞ヶ浦の90kmについて行くかなあ・・・)と青山は息を切らしながら、思っていた。
■減資はその目的と会社の今後に着目
・累損の減少や一掃といった財務内容の改善
・資本金を5億円未満にすることによる会計監査人による監査の免除(会社法による規定)
・資本金を1億円以下にすることによる税務上のメリット享受
・株主の整理・入れ替え(持分の減少、引退や相続に伴う資本の払い戻しなど)
また、減資以外で資本金が減少する要因として、事業分割などの事業再編に伴うケースも想定されます。資本金に変動があった場合は、その背景とともに今後の会社の経営方針もあわせて確認したいところです。
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弊社が提供する信用調査報告書では最大11回分の変更履歴を表示していますが、ここにも情報が隠れています。増資を繰り返している会社や、資本金が千円単位まで細かい会社は、ベンチャー企業のように出資者が多く手の込んだ資本政策をとっている会社であることが多いです。株主情報とあわせて、その読み解き方を解説したコラムです。