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2017.02.07

[企業審査人シリーズvol.130]

青山が木下と屋台で寒風に吹かれた翌週、審査課では久しぶりに揃ってお酒の席を囲んでいた。ベテラン審査人の水田が「この冬は例年に増して寒いからのう。まだまだ、おでんが美味しい季節じゃ」とつぶやいたところ、課長の中谷がすぐに乗った。「いいですね、おでん!行きましょう。青山、お店を探しておいて!」と丸投げされた青山が探したお店は、会社から地下鉄をひと駅乗ったところにある老舗である。コの字のカウンターの内側には、おでん種がいい色をして浮いている。揃ってと言っても秋庭・千葉を加えて5人の小さな一行なので、カウンターの隅に陣取ればテーブル席のように会話ができる。水田と中谷は最初から燗酒を注文した。
 「なんだか去年は秋が短かったのう。あっとういう間に真冬じゃ」と水田が猪口を口にした。
 「確かに思い起こせば、台風が続けざまに来て夏が終わったかと思ったら、すぐ寒くなりましたね」と言いながら、青山は夏の名残のようにビールジョッキを手にしている。
 「寒いのは確かですが、この時期はいつも少し落ち着けますね」と、スーパー・アシスタントの千葉は水田にお酌をしている。職場の飲み会で女子がお酌の役割を持つ時代ではないが、こういう動きがさりげなくできる千葉に、同じ「若手」の青山はいつも遅れをとる。そういう千葉がお酌をしながら中谷に質問を投げた。
 「そういえば夕方、中谷さん宛に営業の高松君から問い合わせの電話、用は済みました?」
 「ああ、竹田建業のやつね。あれ、何ていう名前だったかな・・・経営改善計画じゃなくて・・・」と、聞かれた中谷も名前を思い出せないらしい。
 「経営改善計画?リストラでもやっとる会社かな」と水田が審査員らしく言葉に反応した。
 「いやいや、そうのじゃなくって・・・そうそう、経営力向上計画!」と中谷が詰まっていたものを吐き出し、すっきりしたような笑顔で言うと、千葉も(それです!それです!!!)という顔をしている。
 「経営力?向上計画?僕も聞いたことがないですけど、何ですか?」と青山がキョトンとしている横で、IT系の秋庭はさっそくスマホでググっている。秋庭も知らないらしい。
 「私も聞いたことはあったけど、あやふやだったから調べてみたんだけど、中小企業庁の中小企業支援策のひとつで、そういう認定制度があるのね」と中谷が言うと、ググっていた秋庭が解説に加わった。
「自社の経営力を高める投資を中小企業庁に申請すると、投資に関する融資が優遇されたり、固定資産税が減税されたり、ということですね」
「それがうちとどう関係があるんじゃ?うちがその設備投資に絡んでおるのかな?」と水田が質問を挟んだ。
「違うんです。営業の高松君が定期更新のためのヒアリングをしていたら、相手がその申請書を参考で見せてくれたんですって。高松君がざっくりメモをしてくれたんだけど、設備投資計画だけじゃなくて、その会社の現状認識も書いてあって、これが審査にも役に立つんですよ」と言う中谷に、ググる秋庭がまた加えた。
 「ああ、これですね。現状認識。①自社の事業概要。②自社の商品・サービスが対象とする顧客・市場の動向、競合の動向。③自社の経営状況。申請書にこういうことを書かなきゃいけないんですね」
 「そうなのよ。あくまでその会社の自己分析なんだけど、それはそれで与信先理解の材料になるわ」
 「そうなんですね。でも、申請者はそんなことまで書くんですね」と青山が感心した顔をしている。
 「そう。単に投資をするから国に助けてもらう、ということじゃなくて、自社の状況や背景を分析した上で、その中でなぜその投資が必要で、どういう効果を見込んでいるのかをちゃんと考えてくれ、ということなのよね」
 「なるほど。資金繰りが厳しい会社が銀行の返済をリスケするときに、経営改善計画を作るが、それの投資版みたいなイメージかな」と、水田はまた千葉に燗酒を注いでもらっている。
 「経営改善計画とはだいぶ目的とか毛色が違って、前向きなものですよね。しかもこの申請書は2~3頁くらいしかなかったと思うので、だいぶライトな感じです。申請しやすいようにしているんでしょう」
 「なるほどな。最近は金融行政でも事業性評価とか、銀行が融資先のビジネスモデルを分析したり評価したり、といった動きがあるが、企業側でも自社の分析をする機会が増えそうじゃの」
 「そうですね。分析にあたっては商工会議所や税理士、金融機関等の支援を受けることができます、とも書いてあったので、実際に金融機関がその分析を手伝うこともあるんでしょうね」
ローカルベンチマークなどの経営診断ツールを使って計画策定ができるようにしています、とありますね」と、秋庭がスマホの画面を見ながら補足した。
「ローカルベンチマークは、確か経済産業省が推進している企業の経営診断ツールでしたね」
「まあ、われわれの審査の場面でこうした自己診断の情報を直接目にする機会は少ないと思うけど、与信先が自覚的にそうした自己認識を整理していると、第三者にもその会社を理解しやすくなるわね」
 「そうですね。こういうことがある、ということは営業部にいる同期にも伝えておきます」と青山が応えた。
 「与信管理は客観的な視点が大事だけど、その客観を極める上では自己分析も役立つってことよね。私も今期の人事考課をする前に、青山の自己分析レポートをもらおうかしら」と中谷が言うと、直前におでんの大根を頬張ったばかりだった青山は、「書式はせいぜい1頁でお願いします」と、怒ったふぐのように言った。

経営力向上計画

経営力向上計画認定制度」は、中小企業庁が中小企業等経営強化法による「経営強化法による支援」として平成28年7月に始めた認定制度で、同庁ホームページによると平成28年12月末時点で10,101件が認定を得ています。中小企業の人材育成、設備投資などによる生産性向上を支援することを目的としたもので、実質2枚の申請書を作成して計画の認定を受けると、計画に基づいて取得した一定の機械・装置の固定資産税が3年間にわたり1/2に軽減されます。また投資に伴う資金繰り支援策として、認定企業は政策金融機関の低利融資や民間金融機関の融資における信用保証や債務保証等の支援を得ることができます。
2頁の申請書には、自社のビジネスモデルや市場ポジションに関する現状認識、財務指標等を用いた目標、具体的な取組内容などを記載することになっており、申請企業はこのために自社分析を行うことになります。

中小企業にも求められる自社分析

アベノミクスの下での経済政策として、金融機関には事業性評価など、担保に依存せず融資先の事業の目利きに基づいた融資を進めることが求められています。また「経営力向上計画」でもローカルベンチマークという経済産業省が作成した自社の経営診断ツールの使用が推奨されるなど、中小企業においても自社のビジネスモデルや市場環境を分析し、自律的な経営強化を促す動きが見られます。こうした自社分析は中小零細企業が自社で行うことが難しい場合もあり、本文の通り「経営力向上計画」では金融機関や士業が「経営革新等支援機関」としてこれをサポートしています。取引先の与信管理においてこうした知見を活用できるものではありませんが、こうした政策を通じて「自己認識力の高い中小企業」が増えていくことも想定しながら、自社の取引先の目利きに活用していくことも視野に入れておきたいところです。

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