営業向け与信管理研修の企画(後編)
2017.03.07
ウッドワーク社の会議室では、毎年恒例の新人営業パーソン向けの与信管理講座について、キックオフとなる企画会議が審査課長・中谷の声掛けで行われていた。審査課の青山、有能なアシスタント・千葉、そして調査会社の担当者である横田も同席している。
中谷が配った「たたき台」を確認しながら、その横田が中谷に聞いた。
「私のコマは、『企業倒産とは何か』・・・わりと大きなタイトルですね。民事再生法とか破産とか、倒産の形態についての説明を、事例を交えながら話すイメージですか?」
「いや、横田さんには倒産の現場をイメージさせるような話をしてほしいです。できれば、債権者から見た倒産だけじゃなくて、倒産会社の社長がどういう境遇になるのか、という話も入れてください」
「倒産会社の社長がどうなるか・・・何だか生々しいですね」と、千葉が怖いものを見るような顔をした。
「横田さんは倒産はたくさん見ていても、自分で倒産させたことはないでしょう?」と青山が心配そうに聞いた。
「もちろん会社を潰した経験はないですけど、過去に倒産を経験した社長の話を聞いたり、懇意にしていた社長の会社が倒産して間近に話を聞いたりしたことはあるので、話はできますよ。ですが、中谷課長はなぜそんな話を?若手の営業諸君も債権者としてしか倒産に関わらないでしょうに・・・」
「直接的にはそうなんですけど、企業倒産というものがどういうものなのか、ということをイメージできるようにしておいてほしいんです。『戦争を知らない子供たち』じゃないけど、営業の若手と話をしていると、倒産とか、その重さとかがピンと来ていないように感じるの。倒産の重さというのは企業経営の重さの裏返しなんだけど」
「なるほど、わかりました。そこをイメージしていないと、いくら実務的なことを教えてもピンと来ない、いや、話自体にあまり興味を持ってくれないかもしれませんね。ネタを用意してみます」と横田が頷いた。
「貸倒損失の責任者として自分に害が及ぶから、ということで最低限の興味は持ってくれるのだけど、会社が倒産するということをイメージとして持っておくことで、営業で倒産に関係ない経営者と話をするときにも目線を近づけてくれるんじゃないかなと思っています」
「確かに、2時間ドラマみたいに幼少期に父親の経営していた会社が倒産して・・・というような話って、実際にはあまりないですからね」と千葉も相槌を打った。
「大丈夫かなあって、何だか心細いわね。このために木下さんの連続講座を受けてきたんでしょ」
「連続講座というか、まあいろんなところで教わってきました」と青山の頭にはラーメン屋台やら辛いカレー屋とかイタリアンとか、いろんなお店とともに情景の走馬灯が回った。
「あんまり堅い内容にすると寝てしまう人もいそうなので、実践的にしないといけないですね」
「そうね。今まで営業から相談された事案とかを交えるといいわね。ただ、実践に偏り過ぎてベーシックな内容がおろそかにならないようにしてね。何せ新入社員も半分以上いるわけだし、決算書をまったく見たことがない人もいるわけだから」と、青山の言葉に中谷が注文をつけた。
「中谷さんの講座を受けたのを覚えているので、そこはトレースできそうです。去年のスライドをください」
「あげるけど、そのままじゃなくて自分なりにカスタマイズしてね」と中谷が注文すると、横田が感想を漏らした。
「僕らも調査員の新人が受ける研修がありますけど、基礎講座ってなかなか難しいですよね。受講者の知識もバラバラですし、実務経験が少ない人たちだとピンと来ない人も多いですからね」
「中谷さんがやっていたものは、そのあたりはどう意識していたんですか?」と青山が横田に乗って聞いた。
「そうね。まずは実務に関係なさそうだとか、役に立たなそうだと思われたら、そこから先は頭に入れてくれないので、そこをまずつかめるような事例の話から入っていたわね」と、中谷は腕を組んで思い出すように話す。
「僕が受講した時は営業の伊東さんの失敗談を使っていましたね。当期純利益が黒字だったから安心して営業損失を見落とした、みたいな話。伊東さんは後で脹れていましたけど」と青山が思い出し笑いをした。
「生々しい方がいいと思ってやっているけど、まあ実名を出すかどうかは青山の度胸次第ね。そういう話で受講者の目や耳が開いてから、会社の危険な状態から遡って決算書を教えていく形ね」
「最後のワークも覚えていますよ。営業先からもらった決算書を見て取引先としてどう判断するか、というお題のワークでしたよね」と青山が話すと、調査員の横田が興味深そうに同調した。
「おもしろそうですね。僕ら調査員も、調査先の社長から決算書をいただいたときに、黙っていただくんじゃなくて、いいとか悪いとか何らかのフィードバックをするように、と後輩に教えています」
「そこまではムリだけど、ベーシックな現場判断はできるようにしたいわね」と中谷が言うと、青山が同調した。
「そうですね。決算書は審査が見てくれるからいいや、と思っている営業のベテランもいますからね」
「もちろん精査はするけど、手前でちゃんと見ておいてくれると私たちは楽よね。それに、決算書を無視して商談を進めて、審査でダメ出しされても断れないとなると、営業も困るはずだわ。何より、ちょっと決算書がわかるだけで、お客さまが一目置いてくれるかもしれないじゃないの」と中谷が言うので、青山が目を輝かせた。
「そう考えると、古巣の営業部の知識武装を手伝うモチベーションが高まってきました」
「そうよ。受講者の集中砲火で炎上しないように、あなたがよく武装しておいてね」
「じゃあ、私も青山さんの甲冑のほころびを縫ったり、武装を手伝います。頑張ってくださいね!」
中谷の小攻撃を受け、千葉の冗談か本気か判別しかねる応援を得た青山が、横田に助けを求める目を向けると、横田はとびきりの江戸前の笑顔をして、親指を立てた右手を突き出して見せた。