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  • 虚飾・粉飾による倒産 ~情報交換会~

2017.10.17

[企業審査人シリーズvol.147]

 「青山君、久しぶりだね」と、応接室のドアを開けると、調査会社の江戸前、いや、男前調査員の横田が青山に向かって手を振った。昨日、ある与信先のレポートについて電話で問い合わせた審査課長・中谷が、情報交換会と称して、都合がついた横田を会社に呼び、その席に青山と水田も呼んだのだった。審査課のITスペシャリスト、秋庭は夏休みの代わりに、と家族で旅行に出掛けて休暇中である。
 「うちも3月決算の顧客の与信の更新が終わって、ようやく少し一息つけるようになったのよ」
 「私もこの夏は忙しかったですね。まあ、われわれが忙しいというのは、それだけ商売が動いているということなのでしょうが、今年は暑いかと思ったら長雨に降られるし、何だか大変でした」
 3月決算企業が多い日本企業の審査をする中谷らの審査担当と、調査会社の横田は、どちらも夏に業務の繁忙期を迎える。というわけで、横田の訪問は久しぶりだったが、課長の中谷はこうして月に1回、または2カ月に1回程度は最近の企業与信のトレンドや調査動向について、とりとめなく話をする時間を設けている。目的をもった面会では出てこないような情報が、ふとしたことから得られることがあるからだ。
 「ニュースを読んでおると、循環取引の話が多かったようじゃのう」と、青山の隣に座った水田が言った。
 「売上のほとんどが架空だった、という話がありましたね。よくそれまでわからなかったものですね・・・」
 「アルファベットの会社の件ですね。破産するかなり前から噂は出ていたのですが、最後は社長の告白で大騒ぎになりましたね」と、横田が水田と青山の話を受けた。
「事業会社の一部門で行われるというのはたまに聞くけど、今回循環取引の商材を作っていた会社は、実態のある商流がほとんどなかったんでしょう?びっくりよね」
「わかりづらい商流だったんです。海外の工場に作らせて、消費地も海外だったということで、現地での書類まで偽造されていたので、日本にいると実態が見えづらかったようです」
 「そんな危ない取引だとわかって、なぜ協力しちゃったんでしょうね」と、青山が若手らしい質問を挟んだ。
 「ひとつは、他の関係者と同じように、本当に騙されていたということがあるでしょう。ただ、自社の業績数字を作ったり、営業担当個人の業績数字を作ったり、といった動機もあるのかもしれません」
 「商社の取引は複雑だからのう。資金繰りを助けてマージンをとる商社金融のような、ただ間に入るだけの取引もある。まあ、通常は商流のチェックもしっかりやっておるんだろうが・・・」と水田が補足するように言った。
 「そうですね、水田さん。今回破産した会社も、業績が落ちてきて、循環取引で業績をごまかしているうちに新しい商売で立て直すことを考えていたようですが、結局立て直せずに出口がなくなってしまったようです」
「自社の業績の虚飾、成績の虚飾・・・循環取引は絶対に破綻すると言われておるのに、その場しのぎをするというそうした禁じ手に手を染めてしまう人間がいる限り、なくならんということか」と、水田が仙人のような顔で腕を組みながら言うと、調査会社の横田も神妙にうなずきながら加えた。
「架空と言えば、去年も話題になった多重リース絡みの話題は、まだ続いていますよ。残党がまた他のところで同じようなことをしているようです」
「そういえば、建材商社の倒産もありましたね。先代が亡くなって粉飾決算がわかったとか・・・」
 「あそこは、うちも2年前まで取引があったんだけど、水田さんが営業担当と折衝して、数年前に取引をやめていたのよ。水田さんの慧眼に助けられたわ」と、中谷が水田を持ち上げると、水田が頭を掻いた。
 「いやいや、粉飾までは見抜けなかったんじゃ。ただ、取引条件が厳しすぎて、なかなか折り合わなくてな。そこまでして取引をせんでもいいだろうと。まあ、決算書を見るとそこそこ体力がありそうなのに、ずいぶん金払いがシビアなのが不思議だったんじゃ」
 「決算書上は現預金が月商の3倍以上ありましたが、長年にわたって粉飾決算をしていたようですね」
 「横田さんたちも見抜けないくらい難しかったの?」と、中谷が少々意地悪な質問を横田にした。
 「なかなか難しい判断でしたね。先代が亡くなってから、先行きを不安視する声が上がっていたので、評価は下げていたのですが、そこまでの粉飾がなされているとの確証は持てませんでした。粉飾は、複数の決算書が作成されているのを目にしたときなどは断定できるのですが、単体で断定できるケースは稀です。ただ・・・」
 「ただ・・・やはり何か気になるところはあったんですね?」
 「そうです。粉飾した決算書を丁寧に見ていくと、資金捻出が目的と見られる不動産売却を行った期に借入金が増えていたり、水田さんが言ったように手形払いを多用して買入債務回転期間が異常に長かったり、それによって運転資金需要を圧縮していたのに運転資金名目で多額の借入金があったり・・・辻褄が合わないですよね。財務分析の業界内ランクは大半がD以下、それでいて現預金だけが多いという状態でした」
「なるほど、でたらめの決算書だと、やはりそういう辻褄が合わないところが出てくるんですね」
「キャッシュフロー分析の5つの指標ではDランクが3、Eランクが2つでした。真相がいまひとつわからなくても、結果としてはキャッシュフローや財務分析が異常を示しているというケースでした」
「なるほど。粉飾はキャッシュフロー分析が教えてくれる、というのは当たっていたのね」
「まあ、われわれは日々多くの決算書を見てきて、多少の異常値があっても何も影響がないというケースもたくさん見ていますし、現地の多くの定性情報と照らし合わせて判断をするので、財務数値だけをもって判断することはできないわけですが、改めて財務分析の重要性を認識させられましたね」 
 横田の話を聞いた中谷と水田を見ると、揃って腕を組んでうなずいている。それに同調するように腕を組んでうなずく青山を見て、横田が笑った。「青山君は今、自分の理解度を盛りましたね。それも粉飾ですよ!」

なくならない虚飾

話題に挙がった2社については帝国ニュースでも特集記事が組まれたので、ご存じの方も多いかと思います。循環取引は資金繰りや業績が厳しい会社が、協力者をつくって架空の商取引を装う、伝統的であり危険な資金融通手段です。協力者との取引の輪を資金が周回するのですが、前の周の支払のためにそれを上回る額で2周目が始まることになり、時間とともに金額が膨れ上がります。「本業が持ち直せばやめよう」と思って始めても、そうした取引に手を染めながら立て直せるケースは稀です。立て直せても、協力者がいるため単独では抜け出せず、今回の事例では当事者が自白する形で終止符が打たれたのでした。一方の粉飾決算の事例は、先代が手を染めてきたものが、代替わりした直後に法的申請という形で露見したものです。真相はわかりませんが、会社を引き継いだ後継者が虚飾を抱えきれずに法的申請に至った可能性もあります。景気が回復局面に入って久しいですが、好景気であっても不景気であっても、人間が商売をしている限り、「目先の損得に飛びつく」、あるいは「その場を取り繕う」ことを発端とした虚飾(粉飾)はなくなりません。そして、そうした虚飾は財務分析の異常値として表れます。今回の事例は、合理的な解釈が難しいものであっても、それらが発する「違和感」を看過すべきではないことを示しています。

◆関連コラム

■よくある粉飾のパターン|財務会計のイロハのイ
粉飾の王道パターンや、どのような項目に注目するべきなのかを簡単に解説しています。合わせて読んで理解を深めましょう。

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