経理責任者の横領はなぜ起きる? ~青山検事vs.木下解説委員~
2018.03.20
仕事終わりの青山と経理課の木下は会社近くの大衆居酒屋にて、差し向かいで飲んでいた。洋食や本格インドカレーなど、夜の食事では冒険を重ねてきた2人だが、今日は青山が割引券をもらったということで、会社近くのこの居酒屋に落ち着いた。青山にとっては審査課の面々とよく顔を出す店である。
それぞれ3杯を空けた頃、「そういえば、忘れていました!」と青山が鞄から取り出して木下に見せた新聞記事には、【経理責任者、多額の横領!】との見出しが踊っている。
「木下さん。はっきり言ってください。木下さんもやったことがあるでしょう。さっさと白状したほうが楽ですよ」
ふだんは緩い師弟関係の2人だが、3杯も空ければ青山もこれくらいの軽口は叩くようになる。
「人聞きの悪い事を言いますね。私は清廉潔白、正義の会計人ですよ」と木下は優雅にいなした。
「スミマセン。でも、経理責任者の横領って、なぜちょくちょく起きるのですかね。どうせ、ばれそうなのに」
「それについては私も前々から考えていました。少し持論を展開させていただくと、まず、経理の仕事は会計的な知識や専門性が求められるので、同じ会社の人間、仮に社長が説明を聞いても完全に理解できない、仕組みを把握できないという構造的な背景があると思います」と、木下が解説委員のように言った。
3杯を空けて今日は会計の話がなく終わるのかと思いきや、今日は会計から派生した話題になっている。
「そうか。社長はその業界には精通して、トップとしての経営判断力はあるかもしれませんが、担当者より高度な会計知識を持っているという人は希かもしれませんね」
「そうです。基礎知識を持っていて、ある程度は理解できたとしても、特殊な会計処理や例外処理を行っている、または税務上の要請によるもの、といった言葉が並ぶと、もうお手上げの人も少なくないでしょう」
「会社のトップの会議で、いまさら経理部の説明が分からないとは言えない・・・、そんな人もいるのでしょうね。僕は分からないことはすぐに聞いてしまいますが・・・」と言う青山の頭には、会議後にスマホで調べる同僚の秋庭がイメージされている。
「少しずれますが、組織的な粉飾事件が起きると、関係者が『トップの指示に経理が逆らえなかった』という話を聞きますね。経理部の社内における地位が低く見られている、との指摘する向きもありますが、決算書を見ても分かる人が少ないから多少粉飾しても大丈夫、と思ってしまう経営者がいても不思議ではありません」
「上場企業だと株主からのプレッシャーもあるし、株価にも影響を及ぼす業績値にこだわるのは当然ですが、粉飾はダメですね。横領の話ですけど、他にまだ理由があるとお考えですか?」
「原価計算が複雑な製造業では、監査の場面でチェック自体に時間や手間がかかることが想定されます」
「プロの会計士でも、その企業が作る製品や製造工程、製造技術を熟知しているわけではないですからね」
「そうです。そもそも会計監査はサンプリング手法によるものですし、最近は製品やサービスがますます複雑になり、高度化しています。一つの小さな部品が極めて高価で、仕入価格が大きく変動することがある、そのような部品が大量にあるとなると、現実的に考えて監査の目が行き渡らないことも出てくるでしょう」
「そうすると、複雑な原価計算を把握する限られた人物は、ベテランの経理担当や経理責任者に限られてくるわけですか」
「はい。これに、お金を管理する人が同一人物なら、もはや他者の目はほとんど届かなくなってしまいます」
「そのあたりは個々の会社の事情もあるのでしょうが、構造的な問題のような気がしてきました」
「時代背景もありますね。一昔前は決算書を作成するためには膨大な人力による作業工程が必要でした。必然的に決算書を作る過程において、多くの人の目が介在していたわけです」
「なるほど。だから当時は横領が少なかった、というわけでもないのでしょうが、限られた少ない人員で業務が進められるようになって、責任者に権限が集中しやすい構造になってきたわけですね」
「まあ、そんな厳しい顔をしないで・・・まず、横領や不正を減らすには内部統制を強化すべし、です」
「経理責任者に意見が言える、しっかり会計知識のある会計監査人を社内に配置する、というやつですか。それはコスト的にも人材確保の面でもハードルが高そうですよ」
「監視の目を増やすことの他には、権限を強制的に切り分ける、という考えもあるかもしれません」
「経理部門とはいえ人事異動を活発に行う、ということも考えなければいけませんかね。僕の同期も入社以来ずっと経理部というのがいますが・・・」
「従来の手法では、チェックリストの強化や日々の残高確認などが考えられますが、将来的には人工知能による監視の目を会計ソフト内や送金システムに組み込むといった情報技術が用いられるようになるかもしれませんね。あらゆる不正処理や横領等の教師データを読み込ませた会計処理監視AI、みたいな・・・」
「監査法人のロボットがさらにそのデータのチェックをする・・・、ちょっとSFの世界ですね」
「最近増えてきた仮想通貨が一般化したら、すべての取引が記録・相互監視され、不正や横領がそこから摘発されるかもしれません。仮想通貨が普及し、地下経済圏を形成してしまう近未来小説も最近読みました」
「それでも人間ですから、横領や不正がなくなることはないのかもしれませんね。正義の会計人に見える木下さんでも、魔が差す瞬間があるかもしれませんし」と、青山が酔いにつれアグレッシブになってきた。
「そういえば、うちの課の石田さんから青山さんに伝言があるのを思い出しましたよ。交通費の伝票の書き方が間違っているので1円も払いませんよ~と言っていたかな?」
「しまった!お金の管理にめちゃくちゃ厳しい石田さんを忘れていました。我が社の経理課のセキュリティは万全ですね。石田ロボットを作って全国の経理部門に配りましょう!」
「それはいいですね!」と、酒を飲みながら硬い議論を戦わせた2人も、最後はただの酔っ払いであった。