特別償却の税務と会計 ~投資の行方~
2018.04.17
審査課の青山が、今日も経理課の木下のところに相談に来ている。青山の財務・会計知識について、審査課長の中谷はさらなる強化を図るべく、少々難しい案件を青山に割り当てている。青山も課長の中谷に「難しいものを自分に回してください」と伝えてあり、「巨人の星」ならぬ「審査の星」の様相である。
そうして今日も決算書を握り木下のところに来た青山だが、「なぜ審査課の中谷や先輩に聞きに行かないのか」という疑問を持つ読者もおられるかもしれない。もちろん青山とて、都度生じる日常的な疑問の大半は、審査課内で質問して処理している。ただ、課長の中谷は経理課・木下の財務・税務知識に一目置いており、内容によっては「木下君に聞いてみたら?」と、あえて流すことがある。今日は、そのパターンであった。
「木下さん、この会社ですが、聞いたところによると高額の機械を購入して、特別償却をしたと言っています。中小企業等投資促進税制を活用したそうです。でも、損益計算書上では、前期と同程度の減価償却費しか計上されていません。特別損失にまとまって出てくるはずですが、どういうことでしょう?」
決算書を手にした青山が怪訝な様子で木下に聞いたが、木下はすぐにピンと来た様子で聞き返した。
「なるほど・・・それでは、純資産の中に『特別償却準備金』という科目がありませんか?」
「特別償却準備金?・・・確かに、あります。何か特別な会計処理をしているのでしょうか?」
「これは知らないと混乱するかもしれません。税務上の政策に伴う特別償却に対する会計処理には、償却費として費用計上する『直接減額方式』と、特別償却準備金を積み立てる『剰余金処分方式』の2つがあります。この会社は後者の方式で会計処理をしていますね」
「では、特別損失に特別償却が計上されるのが、『直接減額方式』ということですね?」
「そうです。特別償却ですので多額の特別損失が計上されますが、決算書への減価償却累計額の表示は通常パターンと同じです。でも、この方式では困ったことが発生しますね」
「多額の特別損失が計上されてしまうと・・・当期純利益が正しい業績測定結果を示さなくなってしまう・・・」
「その通り!だから特別損失には計上せず、純資産の部に『特別償却準備金』を計上することで、会計上損益面への影響を出さないようにするのです。税務上は申告書にて調整して、特別償却分を反映させた所得税額を求めます。以前、似たような会計処理のお話ししたのを、覚えていますか?」
「ああ、圧縮記帳ですね。補助金を受けて資産を取得した際に、補助金に対応する金額を『固定資産圧縮損』として計上して、特別損益でバランスを取るんでしたよね」
「良く覚えていますね。税務上の対応のために行われる帳簿上の処理ですが、補助金相当額を固定資産から減額するのではなく、純資産の部に『圧縮積立金』を計上する方法がある、というお話をしました」
「はい。適正な業績測定目線なら、『剰余金処分方式』が望ましい、ということですよね」
「お願いします。概要は知っていますよ。中小企業の設備投資を促して、競争力強化につなげてほしいという政策ですよね」と、会計修行僧の青山は素直に応じた。
「そうです。機械装置などの定められた設備を取得した場合に、取得価額の30%の特別償却、または7%の税額控除が選択できる制度です」
「ちょっと待ってください。特別償却だけじゃないんですね?」
「良いところに気がつきましたね。資本金が3,000万円超から1億円以下の法人は特別償却のみです。しかし資本金3,000万円以下の中小企業であれば、7%の税額控除も選択できる措置がとられています」
「税額控除を選択すると、減価償却はできないんですか?」
「あくまで、特別償却が併用できないだけで、通常の減価償却は当然行われますよ」
「ん・・・?そうすると、特別償却を選択しても、通常通り減価償却を行っても、償却額のトータルが同じなら、税額控除の方がお得、ということになりませんか?」
「確かに青山さんの言うとおりですが、そこは資金繰りとの相談になるでしょう。設備投資をした当初はトラブルに備えて、資金を温存しておこうと判断するケースが想定されます」
「特別償却を選択した方が、設備投資初年度の税額が抑えられて、キャッシュを確保できるわけですね」
「そうです。ですから、ケースバイケースで選択することになります。ちなみに中小企業等投資促進税制以外にも、環境関連投資促進税制といった、特別償却と税額控除のいずれかを適用できる制度があります。国税庁のタックスアンサーというサイトがあるので、見てみることをおすすめします」
「いろいろとありがとうございます。おかげで特別償却と税額控除関連、だいたい頭の整理ができました」
「会計上はそこまでですが、肝心のその投資が何のために行われたのか、どういう効果が期待され、期待通りだったのか、といったことは決算書を眺めているだけではわかりませんね。その会社の将来性や成長性の目利きも求められますし、まさに青山さんの審査の腕の見せ所ですね。そういえば、青山さんも最近、会社の机の上に分厚い専門書を何冊か並べているらしいですね。先日中谷課長が言っていましたよ」
「そうなんです。僕も自分への投資をしました。値が張る本もありましたが、思い切りました!」
「そのやる気は中谷課長も買っていました。ただ、本を開いている姿を見たことがない、とも・・・」
何やらぶつぶつ言いながら審査課に帰っていく青山の後ろ姿を、木下は失笑しながら見送ったのだった。