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  • 繰延資産の話 ~青山の繁忙期準備~

2018.06.19

[企業審査人シリーズvol.163]

3月決算企業が多い日本では、信用調査や与信審査に関わる人々が6月下旬頃から忙しくなる。青山のウッドワーク社も例年この時期の審査件数が平常時の2~3倍となるが、本格的な繁忙期は7月以降である。そういう最繁忙期前夜のある日、青山は経理課の木下とともに、餃子が安くて旨い老舗で夕食をとっていた。たまたま駅の改札で一緒になったふたりは、どちらからともなく「夕食でも食べて帰りますか」となり、青山が「そういえば2つ隣の駅の餃子の店がうまいと、うちの水田さんが言っていたのですが、どうですか」と言い、木下が「それはいい、ぜひ!」と言って、餃子屋に収まったのだった。一皿目の焼き餃子に舌鼓を打ち、二皿目の焼き餃子が来た頃、ふたりが揃えば欠かせない話題が始まった。
「ところで木下さん、ふと思ったのですが、たまに見かける繰延資産って、実態がよくわからない印象があるのですが、他の資産と何が違って、資産の一番下に出てくるんでしょうか」
焼き餃子を一度にふたつ摘まんで醤油とラー油の海に浸し、すぐに口に運びながら聞く青山に、焼き餃子をひとつだけ摘まんで、少量の酢しか入っていない小皿に運んだ木下が単刀直入に答えた。
「繰延資産は、費用なんですよ」
焼き餃子に酢しか付けないのは木下の舌のこだわりだが、一度小皿に置くのは猫舌の宿命である。
「本来は費用なのですが、すでに支払いは終わっていて役務提供も受けているが、その効果が将来にわたってあらわれる、そういうものを会計上は繰延資産に計上するのです」
まだ小皿で焼き餃子の熱を冷ましている木下は、「猫」でありながら「饒」でもある舌で補足した。
「費用収益対応の原則、ですね」
「その考えがベースになっています。したがって、繰延資産は換金価値のない費用性資産と言えます」
「ということは、与信管理上は繰延資産が多額の場合は要注意、ということになりますか」
「費用としての性質を持つという点を念頭に、金額が巨額だったり、中身がよくわからなかったりする場合は、注意してください。ただ、実際は多額の繰延資産が計上されるシーンは限定されると思いますよ」
「繰延資産に計上できるものがそもそも決められている、ということですか?」
「そうです。会計上は『繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い』という実務対応報告が公表されています。旧商法施行規則では具体的に科目が列挙されていたのが、会社法では具体的な科目の例示がされなくなったため、実務上参考にすべき指針として『当面の取扱い』がリリースされた、という背景があります」
「なるほど。繰延資産には主にどんな科目があるんでしょうか?」
二皿目の餃子とともに頼んだ水餃子をレンゲですくいながら、青山が聞いた。
猫舌の木下は、熱いスープに襲われる可能性がある水餃子、小籠包は敬遠している。小食でもある木下は青山が水餃子を注文したタイミングで、早くもデザートの杏仁豆腐をオーダーしていた。
「『当面の取扱い』に列挙されている繰延資産は、①株式交付費、②社債発行費等、③創立費、④開業費、⑤開発費、の5項目です」
「確かにどれも費用ですね。株式交付費、社債発行費はそれぞれ資金調達の場面で出てきた費用を繰延資産化すべし、ということですか」
「ちょっと待ってください。すべし、と言っても、あくまでこれらは経費です。したがって原則は支出時に費用とし、繰延資産としても計上できる、という扱いです」
「でも、繰延資産計上したとしても、資金調達がもたらす効果の期間なんて、わからないですよね?」
「なので、『当面の取扱い』では、いずれも3年以内の定額法での償却を求めています」
「確かに、実態で決められない期間はルールで決めておかないと困りますもんね。創立費、開業費は事業開始前の準備にかかった費用ですね。実務的にはあまりお目にかかりませんが・・・」
「創立費は定款作成の費用や設立当期の登録免許税など、開業費は会社成立後営業開始時までに支出した開業準備の諸費用が該当します。これらはいずれも繰延資産計上後5年以内の定額償却となります」
「なるほど。これらの経費は、対応する売上がまだ計上されていない時期に出ていく経費なので、繰延資産として計上する意図は何となくわかります。最後に出てきた開発費は、研究開発費じゃないんですか?」
「よくお気づきですね。『研究開発費等に係る会計基準』において、研究開発費は発生時に費用計上が求められています。正直、両者の切り分けはケースバイケースなので、一言では説明できません。イメージとしては、繰延資産の開発費には新しい経営組織の採用や資源開発、市場開拓など広い意味を含み、費用の研究開発費の開発は製品等の計画・設計・改良などにかかる費用、といったところでしょうかね。ただ、繰延資産の開発費計上は実務ではあまり見かけません。発生時に費用計上するパターンが多い印象です」
木下の解説がひととおり終わると、青山の前に追加注文した焼餃子一人前が運ばれてきた。
「それにしても青山さん、ちょっと食べすぎじゃないですか?なんだか前よりふっくらしてきた気が・・・」
「いやいや、これから繁忙期ですから、エネルギーを蓄えておかないと!今日の費用は、言ってみれば僕にとっての繰延資産みたいなものです!」
「繁忙期で消費しきれず、脂肪が負債となって残らないと良いのですが・・・」
何かと理由を付けて過食する青山を見ながら、木下は会計事務所に勤務していた頃に担当した、何かと管理の甘い零細企業の社長のまん丸な顔を思い出して、クスッと笑った。

繰延資産の定義と主要科目

繰延資産とは、企業会計原則注解(注15)において「すでに代価の支払が完了し又は支払義務が確定し、これに対応する役務の提供を受けたにもかかわらず、その効果が将来にわたって発現するものと期待される費用」と定義されています。「繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い(実務対応報告第19号)」においても繰延資産の考え方は同様で、木下が説明したとおり、以下の項目が列挙されています。
① 株式交付費…株式交付のときから3年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法により償却
② 社債発行費等…社債の償還までの期間にわたり利息法または定額法により償却
③ 創立費…会社の成立のときから5年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法により償却
④ 開業費…開業のときから5年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法により償却
⑤ 開発費…支出のときから5年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却

与信における注意点

木下が話したとおり、繰延資産が計上されるシーンは限定的で、ましてや多額に計上されるケースは希と言えるでしょう。ただ、審査においては他の資産や純資産と比べて明らかに巨額のものや、勘定科目名が具体的ではなく内容が特定できないもの、毎期償却されずに残っているものなどがある場合は注意が必要です。

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