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  • 税務調査の話 ~ダンボールの恐怖妄想~

2018.10.05

[企業審査人シリーズvol.170]

その日の終業時、職場が人もまばらになった頃、審査課の青山が帰り支度をしている経理課の木下のところへ、鞄を持ってやってきた。青山らが勤めるウッドワーク社でも「働き方改革」が始まり、繁忙期以外は定時退社が当たり前となった。この日とくに約束があったわけではないが、青山は何か聞きたいことがあるようだ。一緒に階段を下りながら青山が話し始めた。エレベータを使わないのは青山の小さなダイエット施策である。
「木下さん。今日営業担当から、得意先が税務調査中という話を聞いたんですが、僕は税務調査のことをよく知らなくて・・・。木下さんは前職で税務調査を経験したことがありますか?」
「税務調査ですか・・・。その言葉を聞くと、今でもちょっとドキッとしますね。会計担当や会計事務所にとって、税務調査は抜き打ちテストのようなもので、普段からきちんとやっていても、不安になるものです」
木下が、前職の話をするときに見せる遠い目をしながら答えた。
「その話をする前に、青山さんは税務調査といっても大きく2種類あるのを知っていますか?」
「そうなんですか?税務調査といえば『窓際太郎』か『マルサの女』しか思い浮かびませんが」
「青山さん、意外と古いことを知っていますね。マルサ、つまり国税局の査察が巨額の脱税などの疑いで令状をとって調査するものは、強制調査と呼ばれます。数が少なく、私もそれは経験したことはありません」
ちなみに国税局のホームページに「平成29年度において査察調査に着手した件数は174件」とある。
「じゃあ、木下さんが経験したのは、もうひとつのパターンですか?」青山が質問を続けた。
「そうです。任意調査というもので、一般的な税務調査のほとんどはこれです」
「任意って、忙しいからと断れそうなイメージですけど、そういうわけにはいかないんですか?」
「いやいや、国税局の調査官は国税通則法に基づく質問検査権を持っています。不誠実な対応をして、ましてやウソをついたりしたら罰せられてしまうのです」
「任意調査は、強制調査と同じように抜き打ちなんですか?」
「中には抜き打ちのケースもあるそうですが、商売の繁忙状況や会計面の説明のために税理士が立ち会うこともありますので、日程の都合は相談に応じてくれることがほとんどでした」
「なるほど。そもそも、どういう場合に税務調査が入るんですか?」
「私もその理由を税務署の方に聞いたことがありますが、『これまでお会いしたことがなかったので』とか、はっきりとしたことは言いません。おそらく、前期に比べ売上や利益が大きく動いたから特殊事情を確認したいとか、逆に動きがないから隠蔽などをしていないかチェックしたいとか、いくつかの起点があるのでしょう」
「実際に受けると、いつも冷静な木下さんでも冷や汗をかいたり青ざめたりするものなのですか?」
「いえいえ、そんなことはありません」と平静に答えた木下だが、当時を思い出したのか、表情がやや硬い。
「そのとき私が相談を受けたのは新規のクライアントでした。個人から法人成りしたばかりの会社で、個人時代の確定申告に対する調査が入った、という相談でした。ご夫婦で建設資材卸を営んでいる方で、経理は奥さんが担当していました」
「法人成りした途端に税務署から連絡があるとなると、さぞ驚いたでしょうね」
「そうですね。どうしたら良いか分からず気心の知れた同業者に相談したところ、うちの会計事務所を紹介されて、私に担当が回ってきた、という流れです。新規でこちらにも情報がなかったので、まずは対象となる過去3年分の個人事業の申告書に加え、帳簿と原始資料をお借りして、状況を把握することから始めました」
「それは、事前に想定問答集みたいなものを作るために行ったのですか?」
「そこまで大がかりじゃありません。ただ、クライアントには税務調査の一般的な流れをお話しして、過去の取引について突っ込まれそうなポイントを共有しました。当日すぐ資料を提供できるよう整理もしておきました」
「先ほど3年分と言いましたけど、それが普通なんですか?」
「入り口としては過去3年分というパターンが多いようですが、何か問題が見つかったら、調査対象年数が5年などに延びるようなこともあるそうです」
「当日はどんな感じなんですか?何人くらいの人が来るんでしょうか??」と、青山は興味津々の顔である。
「青山さん、マルサを想像してはいけませんよ。税務署からはベテランと若手の計2名でした。こちらは社長と会計担当の奥さん、税理士と私で、総勢6名です」
「その場で両手を挙げさせてられて、机にあるものを片っ端からダンボールに詰められたのですか?」
「だから、違いますって。その場で淡々と進みます。まずは、総勘定元帳のチェックからはじまりました。調査官が順に帳簿をめくっていき、気になるところに付箋をつけていって、後でその原始資料を確認する、といった流れでした。売上、仕入に絡む勘定の他に、交際費の中身などを順々にチェックしていましたね。そのときは、貸倒の計上タイミングの指摘や、うっかり経費の二重計上などがありましたが、調査自体は2日で終了しました。悪意のないミスはその場で謝って、最終的にその部分は修正申告することで決着しました」
「2日ですか。だいたい、それくらいで終わることが多いんでしょうか?」
「2日は短い方かもしれませんが、おおむね一週間程度でおさまるようですね。会社の規模が大きければ、もう少しかかることもあるでしょう。何か問題が発覚して調査対象年数とともに期間が延びることもあります。ちなみに故意の隠蔽などがあると、ペナルティとなる重加算税が課せられることもあります」
「なるほど、税務調査のイメージがなんとなくできました。でも、抜き打ちはいやですね。僕もたまに中谷課長の抜き打ちチェックをやられることがありますが・・・」
「何事も普段の整理整頓が重要ですよ、青山さん。そういえば、いつも机の下の足下に段ボール箱を置いていますけど、処理しなきゃいけない書類を溜め込んで隠蔽しているんじゃないですか?」
「ギク!木下さん、税務調査のような観察力ですね・・・。強制捜査が入る前に片付けないと・・・」
 ここまでの話をしながら、最寄りの地下鉄の階段を下りていたふたりの後方では、偶然のタイミングで審査課長の中谷が階段口でふたりを見つけ、会話を聞きながら声をかけるタイミングを探っていた。中谷が「足下のダンボール・・・」と囁きながら眼鏡を光らせ、恐怖が妄想でなくなることに、青山はまだ気付いていなかった。

税務調査後の決算書

強制調査・任意調査のいずれにおいても、修正申告に伴う決算書の修正が生じることがあります。以前のコラムでも触れましたが、法人税等の追徴や還付額は、法人税等を表示した科目の次に、その内容を示す科目をもって表示するルールとなっています。加えて、決算書の修正再表示がされた場合、過年度の期間に関する累積的影響額は期首残高に反映させるルールとなっています。したがって、単独期の決算書のみでは、修正の事実や程度の把握が困難であり、経年比較のチェックが肝要です。
なお、当然のことながら、今回コラムで紹介した税務調査と、弊社TDBが調査依頼に基づき実施する信用調査(リンク:http://www.tdb.co.jp/sinyou/index.html)とは全く異なるものです。

◆関連コラム

繰越欠損金と過年度修正|財務会計のイロハのイ
税務調査に関してより分かりやすく解説をしています。合わせて読んで要点だけでもしっかりと押さえておきましょう。

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