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  • 資本的支出と修繕費 ~新人谷田の相談~

2019.01.24

[企業審査人シリーズvol.177]
決算整理業務を進めている経理課の木下のところに、営業部の新人・谷田から社内メールが届いた。その日の午前中、木下から営業部の横文字課長・八木田から「うちのニューフェイスからアプローチがあるかもよ」という前振りの電話をもらっていた。「前略」から始まる丁寧なメールは、要約すると「会計について教えてほしいことがある」という内容である。(初対面でメールとは・・・)と思いつつ、木下は優しく返信し、その日の終業後に会社の隣の喫茶店で落ち合うことにした。「まずは会って話そう」というのは木下の流儀である。
木下が先に到着して紅茶を注文すると、しばらくして谷田らしき人物がやってきた。スーツがまだ合っていない感じで新人とすぐにわかる。谷田は、新入社員研修で木下が経理処理の説明をしたことを覚えていて、迷いなく木下のテーブルにやってきた。
「先輩、申し訳ございません。私からお願いしておきながら、約束の時間に3分も遅れてしまって・・・」
本当に申し訳なさそうにしている谷田に、木下は好印象を持った。
「遅れは誤差の範囲なので、大丈夫ですよ。気楽にどうぞ」
実は15分前に到着していたことを伏せた木下は谷田に注文を促し、アイスコーヒーを頼んだ。
「早速ですが、聞きたいことって何ですか?」
「得意先の社長の話なんです。期初にお会いしたとき、今期は修繕費が多額にかかるから利益がトントンになりそうだ、と言っていたのに、昨日もらった決算書では結構な利益が出ているので聞いてみたら、大々的な改修になったから資産にした、と言うのです。そのまま帰ってきたんですが、課長に説明できなくて・・・」
「ほうほう、資本的支出と収益的支出の区分の話ですね。実務では重要論点のひとつです」
「資本的支出・・・なんだか難しそうですね。そのワードから説明していただいてもいいでしょうか?」
「まず、建物や機械を使っていくうちに故障したり、破損したりした部分を直す、つまり機能維持のための支出は修繕費として費用処理されます。このような支出を収益的支出と呼びます。一方、価値をさらに高めるような追加の支出は、資産として簿価に加える必要があります。償却性資産であれば、いずれ減価償却費によって費用化されていきます。これを資本的支出と呼ぶのです」
「なるほど。社長のところの大々的な改修の費用は、それで資産に計上されたのですね。でもそれって、期末の利益を多くするか少なくするかを、任意で選べちゃうような気がしますが・・・」
「確かに判断が必要ですね。考え方のベースは、維持や原状回復のための支出かどうかですが、実務では判断に迷うことが多いです。よって、国税庁から出されている通達を参考にすることが通例となっています」
谷田は手帳を取り出し、大きな字でメモをしながら聞いている。
「何パターンか紹介しましょう。具体的な事例の方がイメージしやすいでしょうから。では、建物に簡易的な避難階段を取り付ける、物理的な増設をした場合は、どうでしょうか?」
「現状維持ではなくて、今までなかったものを加えるのですから、資本的支出ですか?」
「正解!では、機械の一部品を取り替える際に、当初より高性能で高額なものにする場合の支出は?」
「これも価値が上がるので、資本的支出ですね」と、谷田は呑み込みが早い。
「正解です。用途変更のための模様替えや改装費も、資本的支出の例の一つとして挙げられています」
「用途変更というのがポイントなのですね。修繕費として認められるのはどのようなものがあるんですか?」
「機械装置の移設費用や、地盤沈下した土地を沈下前の状態に回復するために行う地盛り費用などが挙げられています。より細かな条件が付いている例もありますので、実務上では慎重な判断が求められます」
「現状維持と価値向上の両方が含まれる場合は、どうするんでしょうか?」
「谷田君、なかなか実務志向ですね。『形式基準による修繕費の判定』という通達もあります。支出の総額が60万円に満たないか、対象資産の前期末における取得価額に対して概ね10%相当以下であれば修繕費でOK、というものです。私は前職でこの基準をよく参考にしていました」
「なるほど、面白いですね。修繕と一口に言っても、会計の処理はなかなか奥が深いですね」
「こういう話を面白いと感じるのは、会計のセンスがありますよ。この続きは、もし興味があれば、国税庁の『質疑応答事例』を見てみてください。ワンルームマンション200室に及ぶカーテンの取替費用や、多額の壁紙張替費用など、個別事例もなかなか面白いです。建材営業として、知っていても損はないと思いますよ」
木下が満足そうに2杯目の紅茶を飲み終わると、谷田が何かを思い出したような顔をした。
「そうだ!私もワンルームに引っ越して一人暮らしをはじめたのですが、家にまだカーテンがないんです」
「谷田さんは最近流行の、家になにも置かないミニマリストなのですか?」
「いえいえ、うっかり長さを間違えて注文しちゃっただけです・・・お恥ずかしい」
「そういうことですか。まだ手元にあるなら、修繕して使ってはどうでしょう?修繕費の話をしたばかりですし」
「ん?この場合、もともとなかったカーテンを付けるのですが、支出総額は1万円です。どう処理すれば・・・」
筋の良い教え子を得た木下は、その日の対応を経費支出モードから資本的支出モードに切り替えた。ビール2杯と大盛りチキンバスケットを追加注文したふたりが喫茶店を出たのは、それから2時間も後だった。

法人税法上の修繕費と資本的支出の区分

改修等の支出を修繕費と資本的支出のいずれに区分するかについては、国税庁による法人税法の基本通達の第7章、第8節に例示や判定基準が示されています。各項目の表題だけでも、以下のように細かく分かれており、それだけ実務上の判断が難しい論点となります。与信上では、多額の資産の増加や修繕費の計上を決算書で把握するだけにとどまらず、その背景となる定性情報を捉えたいところです。
・資本的支出の例示(7-8-1)
・修繕費に含まれる費用(7-8-2)
・少額又は周期の短い費用の損金算入(7-8-3)
・形式基準による修繕費の判定(7-8-4)
・資本的支出と修繕費の区分の特例(7-8-5)
・災害の場合の資本的支出と修繕費の区分の特例(7-8-6)
・ソフトウエアに係る資本的支出と修繕費(7-8-6の2)
・機能復旧補償金による固定資産の取得又は改良(7-8-7)
・地盤沈下による防潮堤、防波堤等の積上げ費(7-8-8)
・耐用年数を経過した資産についてした修理、改良等(7-8-9)
・損壊した賃借資産等に係る補修費(7-8-10)

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