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  • 遡及修正と訂正有価証券報告書 ~少し早い怪談~

2019.05.23

[企業審査人シリーズvol.185]

昼食を手短に済ませた審査課の青山が、珍しく会社近くの大きな公園でジョギングをしていた。初夏の陽気になるとの天気予報に加え、飲み会の多いシーズンも終わり、青山の体重は自らが設定した危険域に到達していた。更衣室で先週末に奮発した新しいジャージに着替え、やや重そうな足取りで走っていると、公園のベンチで経理課の木下が読書をしているのを見つけた。まったく、どこにいても巡り会ってしまう2人である。
「木下さん!それ、電子書籍リーダーですよね?」と、青山が走るのを止めて木下に声をかけた。
「そうです。軽くて電池が長持ちする最新バージョンを買ってみました。文字の大きさを変えられたり、読み終わるまでの時間を表示できたり、なかなか便利ですよ。何より、かさばらなくて気に入っています」
「また、会計関連の専門書ですか?」
「いえいえ、昼休みですし、息抜きでちょっとしたホラー小説を読んでいるんです」
「へえ、木下さんがホラー小説ですか。どんな話ですか?」
「『登場人物や時代が異なるのに、どこか似ている不気味な話』を蒐集した短編集です。聞きたいですか?」
青山が「怖い物」系を苦手としているのを知っていた木下は、面白がって怪談師風の低い声で答えた。
「いや…遠慮しておきます。それにしても、似て非なるもの、で思い出しました。最近また上場企業の決算書を見ていたのですが、確か…過去の財務諸表の数値が修正されていても、訂正有価証券報告書が提出されるケースと、そうでないケースがありますよね」
「おやおや、怪談よりも会計話ですか。青山さんもすっかり会計マニアですね!しかもまたマニアックな・・・」
「木下さんに言われたくないですよ。でも、過去数値の修正はよほど大きな変動がなければ、気にしなくていいのですよね」
「過年度遡及修正の話ですか。与信の場面で重要度が高いのは、訂正有報において【経理の状況】ページが修正されているケースです」
「それって、過去の数字が誤っていたので、正しい数値で出し直しました、ということですよね?」
「それは、正確には『過去の誤謬の訂正』と呼ばれていて、過年度の決算書を修正・再表示することが求められます」
「以前、会計担当者の横領について話した事例で、訂正有報が出ていた記憶があります。不適切会計だった場合も、訂正有報が出ますよね」
「程度によりますが、ステークホルダーの意思決定への影響が重要と判断されれば、必要になります。この点は『会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準』に記されていて、平たく言えば、金額的な重要性と質的な重要性の双方を考慮して判断することになります。具体的なラインは会社によって変わってきますが」
「重要性が高いと判断して修正される場合は、過去の課税所得も変わってしまうんですか?」
「そうなりますね。併せて修正申告などの是正処置が求められるでしょうが、実務家にとっては怖い話です。修正したものがまた誤っていた、というわけにはいきませんから・・・」
「訂正有報は出ていないけど、過去の売上なんかが有報上修正されているのを見たことがありますが」
「はい。それは、遡及修正の中でも『会計方針や表示方法の変更』に該当する場合でしょう」
「先ほどの『過去の誤謬の訂正』と、どのように違うのでしょうか?」
「『会計方針や表示方法の変更』時は、過去の決算書が誤っていたから修正するわけではありません。最新期決算において、一部会計ルールを変更して適用した場合に、仮に過年度の決算期も変更した会計ルールで作成し直すとどうなるか、という参考数値といえます。より細かく言うと、『会計方針の変更』は遡及適用で、『表示方法の変更』は財務諸表の組替えとなるのですが、ここでは割愛します」
「投資家向けに、決算書の連続性を保持するための配慮がなされている、というわけですね」
「そういう面も当然あるでしょう。ただ、参考表示とはいえ、そもそもなぜ遡及修正をしたのかという理由が有報には記載されますから、この注釈部分に着目しなければいけません」
「具体的にはどのような事例があるんでしょうか?」
「それでは、実際の記載を見てもらった方が良いでしょう」
木下は手早く電子書籍リーダーの表示を切り替え、とある有価証券報告書のサンプルを表示した。

【主要な経営指標の推移】
(注)従来販売費及び一般管理費に計上しておりました得意先に支出する拡販費の一部を売上高の控除項目として処理する会計方針の変更を行っております。なお、当該会計方針の変更は遡及適用され、過去期(第**期から第**期)における売上高は遡及適用後の数値を記載しております。

「なるほど。この事例だと、過年度の売上と経費の数字が遡及適用によって変わっているわけですね」
「そういうことです。過去に提出された有報と見比べれば、影響額を確認することもできます」
「なるほど。過年度の決算数値の変動に気付いたら、注釈をしっかりチェックするように気をつけます」
「その心がけが大切です。企業審査に限らず、日常生活においても違和感を覚えたら十分気をつけた方が身のためですよ。ほら、青山さん、右肩の後ろに気配を感じませんか」
青山が慌てて振り返るので「冗談ですよ」と木下は笑ったが、青山は「怖い話は夏季限定でお願いします」と、ちょっとムッとして走り去った。その後ろ姿に青山の体重増を感じ、今度は木下が身震いをしたのだった。

遡及修正の種類

過年度遡及修正とは、会計方針や表示方法の変更、過去の誤謬の訂正があった場合に、最新期決算で過年度損益修正損益を計上せず、あたかも新方針等を適用していたかのように過去期に遡及し会計処理することです。その中でも、過去の誤謬の訂正が発生した場合は修正再表示が求められますので、過年度の財務諸表等の修正に伴い訂正有価証券報告書が提出されることが一般的です。ただし、財務諸表利用者の意思決定への影響に照らした重要性を考慮し、過去の財務諸表を修正再表示しない場合は、損益計算書において営業損益又は営業外損益として計上されると考えられます。なお、これらのルールは「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」に記載されています。

訂正有価証券報告書の見方

訂正有価証券報告書の構成は、大まかに【提出理由】と【訂正事項】に分けられます。訂正箇所が広範囲に及ばない限り、過去に提出された有価証券報告書の全てのページが改めて記載されるわけではなく、該当する訂正箇所のみ記載されることが一般的です。過年度の財務諸表が修正再表示により【経理の状況】が訂正されている場合は、訂正箇所に付される__(下線)に注目して影響額を確認しましょう。訂正有価証券報告書は通常の有価証券報告書と同様、EDINETで検索・閲覧することができます。

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