マイナースポーツの支援 ライフル射撃
2019.08.19
マイナースポーツの支援 ライフル射撃
“パン、パン”―夏には多くの観光客が訪れる山あいの避暑地・埼玉県長瀞町に、特徴的な乾いた音が鳴り響く。この音の正体は、競技用ライフルによる射撃音だ。今回は2020東京五輪の種目の一つ「ライフル射撃」を舞台に、国内外を問わず活躍する日本のトップアスリートの取材を通じ、現在のマイナースポーツをめぐる現状と課題を追った。 (本社 データソリューション企画部)
心臓の鼓動が邪魔をする、ライフル射撃の世界
ライフル射撃のルールはいたって単純で、10メートルや50メートルなど決められた距離に固定されている標的を狙い、その点数を競う。「決められた弾数で、より多く標的の真ん中を制する」ことが、この競技の勝敗を握る。一見簡単に見えるが、標的の中心を狙うのは難易度が高い。身体は静止していても、心臓の鼓動でミリ単位のブレが生まれ、弾道を大きく変化させるからだ。トップ同士の争いになればなるほど、着弾がわずかに中心からずれただけで点数が変化し、順位がドラスティックに変わることも多い。
「静と動。これが、ライフル射撃というスポーツが持つ、最大の特徴かもしれません」と話すのは、2016年のリオ五輪アジア予選で優勝した実績を持つトップアスリートの一人、岡田直也選手。一流の射撃選手でも、変化する心臓の動きは完全にコントロールできない。「心臓の鼓動が邪魔をする」、メンタルスポーツたるゆえんだ。
一見華やかなトップアスリートでも就職難
こうしたなか、「ありがたいことに、僕は本当に恵まれています」と話すのは、警備大手のALSOKに所属する岡田選手(写真)。ALSOKといえば、女子レスリングの伊調馨選手も在籍する、スポーツ支援に積極的な企業の1社だ。岡田選手がそう話す背景には、競技を続けたくても就職先がなかった、社会人駆け出し時代の苦い思い出がある。「実は、ALSOKに所属する以前はほとんど無職同然だったのです」。大学卒業後はアスリート活動で条件が折り合う就職先がなく、卒業後は岡山県にある実家の農業を手伝いながら競技に打ち込む日々だったそうだ。しかし、その間に2020東京五輪の開催が決定。本格的に所属企業先を探し、新たに射撃部を創設したALSOKから声が掛かったこともあって同社に入社。練習環境などサポートを受けている現在は、トップアスリートとして世界を相手に戦うことを支援してくれているという。
宮崎県で活動する松本靖世選手も、そうした瀬戸際に立たされた経験があるトップアスリートの一人。「マイナースポーツで競技人生を送りたくても、実現可能な就職先はなかなか見つからないという話はよく聞きます」と話す。松本選手は、近畿の大学を卒業後、地元九州でのアスリート活動を希望。しかし、ライフルスポーツ自体の知名度の低さに加え、アスリート社員としての雇用形態についてなかなか理解を得られなかったことで、就職活動に苦労したという。最終的に地元の競技関係者に紹介してもらい、CSR活動の一環としてスポーツ支援に力を入れる不動産運用のいちごグループにアスリート社員として就職。宮崎県を拠点に活動することが叶ったものの、「まさか就職先がなかったなんて」と当時を振り返る。
「射撃=お金持ちのスポーツ」? 誤解から生まれる勘違い
一般に、スポーツ選手とそれを支援する側では、少なくない資金が必要だと考えられている。例えば、実包を使用するライフル射撃の場合、初期費用は中古の平均的用具で概ね50万円弱。国内主要大会や国際大会出場ともなると、出場費や遠征費などのコスト負担が生じる。加えて競技や練習で使用する弾薬代は、1発につき18~30円、高精度な仕様では最高で1発60円以上がランニングコストとして発生する。例えば、弾薬を120発以上消費する種目では、上述の高精度な弾薬を使用した場合、最低でも1万円以上が1試合でかかる計算となる。マイナースポーツでは競技イメージが想起しにくい分、一見すると「射撃=お金がかかるスポーツ」と思われることが多い。
しかし、どのスポーツでもイニシャルコストはある程度発生することに加え、射撃用具の場合はアイテムにより数十年の使用に耐えることができるため、管理をしっかり行えば、卓球やテニスといった他のスポーツに比べて用具の頻繁な交換や修理は発生しにくい。また、実際には選手が用具を自前で調達することも多く、一流選手はサプライヤーから用具提供を受けるケースもある。そのため、実際に支援する側が負担するのは、都度発生する弾代と遠征するための旅費、雇用契約を結ぶ場合は給与となる。旅費についても、ライフルスポーツは個人スポーツのため、最低でも1人分用意すれば事足りる。「マイナースポーツのなかにも、長い目で見ると発生するコストが少ないスポーツがあることは意外に知られていません」(同関係者)という。
一方、「マイナースポーツなので、ライフル射撃が珍しいと興味を持ってもらえるのはうれしいです」とは、新入社員として働くトップアスリートの話。それでも、短い採用面接の場などで、競技ルール、実際の活動を、何も知らない採用担当者や社長に理解してもらうのは難しい。結果的に、『有給休暇で練習してほしい』『土日で活動してほしい』など、仕事とアスリート活動の両立が難しい通年勤務の条件が掲示され、折り合わないこともあるという。成果を出していても、マイナースポーツ故に「企業の知名度向上など、広報活動とのシナジー効果が乏しかった」など、やむを得ない事情で支援が打ち切られるリスクも指摘される。野球やサッカーといったメジャースポーツに比べ、マイナースポーツ故の選手や競技内容に対する情報の少なさが企業とアスリートの間ですれ違いを招き、結果的にミスマッチが発生する要因の一つともいえる。
そのため、世界で戦うトップアスリートであっても、「少しでもご理解とご支援を頂けるなら、それだけで十分ありがたいお話なのです」と打ち明ける。スポーツ支援に関心を寄せる企業とアスリートを隔てる壁は、まだまだ高いようだ。
トップアスリート特有の悩み、それでも感じる「やりがい」とは
砥石真衣選手(日立システムズ)は、こうした背景を持つ転職アスリートの一人(写真)。かつての勤務先でもスポーツ活動に対する理解と支援が得られており、全く不満はなかったという。しかし、設備面などにはどうしても限界があり、施設や育成面で充実しているライフル射撃の実業団・日立システムズの門戸を叩いた。現在は同社の総務社員として勤務する一方、日本を代表するライフル射撃選手として活躍している。
こうした悩みや様々な制約がありつつも、企業に所属しながら競技活動に励むアスリート社員たち。大変ではあるが、その分「やりがい」もひとしおだという。前出の岡田選手は、競技を通じた所属企業への貢献に大きなやりがいを感じる。「マイナースポーツ故に、メディアなどで大きく取り上げられることはほとんどありません。しかし、一度活躍すると『ALSOK』の岡田選手として知られるため、会社のPRに貢献できます」。近年は同社のCMにも出演するなど、ALSOKのイメージアップに向けた活動も精力的に行う岡田選手。「PR活動を通じて社業発展、ひいてはライフルスポーツの知名度向上にもつながれば」と意気込みを語る。砥石選手も、「ライフル射撃は認知度が低い分、取り上げられた際には、支援企業のロゴ入りジャージなどの注目度が高いと感じます」と話す。
アスリートを支える、御社にもできる「小さな支援」
「もちろん、遠征費など資金面で支援を頂けることは非常にありがたいお話です」(砥石選手)としたうえで、一番嬉しいのは「アスリート活動を理解してくれること」そして「応援してくれること」なのだそう。加えて、同僚社員や取引先企業から寄せられる応援の言葉などは、何よりの励みとなるという。「激励の言葉や、結果が出たときの同僚社員の笑顔などは原動力になります」。自身が勝てば周りの士気向上にもつながるかもしれない――その思いが、彼ら企業アスリートが更なる高みを目指すうえでのモチベーションアップにつながる一要素になっている。また、ライフル射撃を題材とした初のスポーツ漫画「ライフル・イズ・ビューティフル」(サルミアッキ/集英社)が2019年にアニメ化されることが決定。2020年に向け、同作品を通じたライフル射撃の知名度向上に追い風となることが期待されている。
アスリート活動に打ち込む選手にとって、支援してもらえる企業を探すことは決して容易ではないが、近年はスポーツ支援への理解も広まりつつある。神奈川県に本社を置く駐車場設備製造のアマノはスポーツ振興活動の一環として、2017年より同じ神奈川県出身のライフル射撃選手に対するスポンサー支援を新たに開始した。「スポーツを支援してくれる“スポーツ応援企業”には、是非手をあげて知らせてほしい」というのが、ライフル射撃をはじめマイナースポーツ関係者共通の願いでもあるだろう。
取材を通じて見えてきた、マイナースポーツ・ライフル射撃に競技人生をかけたアスリートたちの現状と課題。マイナースポーツの競技それぞれに、夢と希望を背負って世界で戦いながら、孤独と不安に悩むトップアスリート達がいる。そんなアスリートにはどんなサポートが求められているのか、そして企業にできる「応援」とは何か。2020東京五輪・パラリンピックが迫るなか、トップを目指すアスリートに対するSupporterとしての支援の在り方が、改めて問われている。