企業価値とは(前編) ~旧友との再会リターンズ~
2019.08.15
その日、青山は羽田空港の国際線ターミナルにいた。数日前、大学時代の同期で、今は外資系商社で働いている伊藤から青山にメールが届いた。「俺が帰国する。久々に会おう」という少々ふざけた文面だったが、そのまま空港で待ち合わせとなった。伊藤が指定した和食居酒屋のカウンターで先に一杯やっていると、巨大なスーツケースを引きずった伊藤がやってきた。
「伊藤、久しぶりだな!前は福岡支店にいたはずだが、海外勤めになっていたとは思わなんだ」
「そういえば言ってなかったな。本社へ異動となって、今までシンガポールで実務研修をしていたんだ。だから、海外勤めではないんだがな」
「ハハハ、外資系だと研修しに海外行くのか・・・ドメスティックなうちの会社とは大違いだ。それにしてもシンガポールで実務研修って、何の研修なんだ?」
「企業価値評価だよ」と、伊藤はビールを注文しながらさらりと答えた。
「企業価値評価?流行りのファイナンスってやつか?俺の普段の業務じゃ、うちへの支払いが可能かどうか、の審査が多いから、なかなかそこまで考えないな。どんなことやったんだ?」
「再会を祝して、ということで仕事のことは忘れたかったんだが・・・青山は相変わらず勉強熱心だなあ。まあわざわざ迎えに来てくれたわけだし、質問には答えようか。今回はM&A対象企業の選定を目的に、買収に値する企業なのかどうかの下調べをする、というのが主な内容だったな」
「M&Aか。やっぱりそういうことしないと、企業価値評価って使わないよな」
「いや、そうでもないぞ。財務面から見た企業の目的を“価値の創造”と定義すると、それを測るのが企業価値評価だ・・・というのは講師の受け売りだが、投資や資金調達等の意思決定に必要なものだから、感覚的であっても、どの経営者もやっていることなんじゃないかと思っている」
「今やっている事業活動が価値の創造にどれくらい貢献しているかを、数値的に把握できるってわけか。でも、企業によって事業活動なんてバラバラなんだから、ひとつのモノサシで測るなんて、難しくないか?」
「確かに個別事象を持ち出したら、キリがないよな。だが、青山の言うように価値の創造を数値的に把握するためにすることといえば、すべてをカネに換算して考えるってことだよな。ということは、過去より現在、現在より将来にどれだけカネが増えるかって、財務的な考え方を使えば納得いくんじゃないか?」
「カネが増える・・・もしかしてキャッシュフローのことか?」
「そうそう。価値の創造を企業の資産などから生み出されるキャッシュフローをもとに考えていくってのが、企業価値評価の基本なんだ」
「なあ伊藤。資産からキャッシュフローを生むことについて考えていたんだが、貸借対照表上の資産って必ずしも事業活動に使うものだけじゃないよな?これって混ぜちゃっていいのか?」
「さすが青山、鋭いところつくな。企業の所有する資産は事業用資産と非事業用資産に区別することができて、キャッシュフローの求め方も変わってくるんだ」
「非事業用資産については、運用目的で取得した有価証券なんかが該当するよな。他にもあるのか?」
「ここでの定義なら、事業用でないものはすべて該当する。例えば事業用としての使命を終えて、今売却したとしても事業運営上何ら問題のない遊休資産のようなものも、そこに含まれる。じゃあここで問題だ。非事業用資産のキャッシュフローはどう求めたらいいと思う?」
「非事業用資産は事業に使われないし、キャッシュフローも生み出されないから、ゼロじゃないのか?」
「それで本当にいいのか?」と言いながら伊藤が店員を呼び止め、刺身を食べきってツマだけとなった皿を片付けてもらおうとしたのを、青山が「おいおい、俺がツマを好きなのを忘れたのか?」と止めに入った。
「俺にとっちゃ、そのツマは刺身を食べる上での使命を終えていたはずだが・・・。まあ青山みたいな良い受け入れ先があってよかったな。んん・・・、青山、これでも非事業資産のキャッシュフローはゼロか?」
「ん?ああ、そうか。自分のところで使わなくても、よそで使ってもらえば価値がある。だから、非事業用資産は売却価格がキャッシュフローになるわけか」
「ご名答。正確には、まだ売っていないので売却可能価格、つまり時価評価したものだな。このような短期的なキャッシュフローで非事業資産は評価されるわけだ」
「まわりくどいツマの仕掛けで、非事業用資産についてはよくわかった!つぎは本命の事業用の資産だ。事業活動で生まれるキャッシュフローが事業用資産から生み出されるものだと思うんだが・・」
「そうだな。有形無形問わず、事業資産などから構成された事業そのものの価値を事業価値と言うんだ。そして、それをさっきの非事業資産の価値と足し合わせたものが企業価値になる。って、おい、こんな話ばかりしていると全然、飲み会気分にならんぞ。とりあえず授業料として今日の飲み代は任せた!」
「アホか!」と伊藤を小突いた青山だったが、旧友との再会が思いのほか知的な楽しい時間となった。カウンターの向こうの年配の板前が、ときおりふたりを見て首をひねっている。しかしこの後、企業価値の話はさらに深くなっていくのだった・・・。
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企業価値とは(後編) ~アイツのお連れに青山、困惑・不安・安堵~