在宅勤務・リモートワーク環境での与信管理を考える ~青山の在宅勤務 その2~
2020.04.28
青山の在宅勤務メインの日々が続いている。通勤がない上に外出自粛で在宅勤務中も、最近はコンビニに買い物に行く以外の外出はしていない。週末にボランティアで手伝っていた少年野球チームも、活動自粛が続いている。そのくせ、食欲だけは旺盛なので、青山の体重は快調に右肩上がりである。普段であれば会社で経理部の木下師匠に指摘されるのだが、出社日が合わず、木下とも「接触不能」の日が続いている。
在宅勤務が始まった当初は「仕事が進むんだろうか」と不安になった青山だが、家で日々案件を捌いているうちに、在宅でも意外とスムーズに仕事ができていることを実感している。システムが使えて、ペーパーレスで資料を参照できれば、何とかなる。コミュニケーションが必要な部分も、電話やSNSツールを使えば補える。平時に戻っても、あまり出社しなくていいんじゃないかな・・・そんな気もしてきた。
その日、審査案件の相談があって、青山は中谷に電話をした。その案件というのは、主に遊戯施設の建築を手がける工務店だった。その工務店自体は老舗の域に入る会社で、財務内容も悪くはない。ただ、その主力得意先である遊戯場運営業者は、緊急事態宣言が発令された関東エリアに集中的に出店し、とくに一昨年からは積極的に出店していた。この出店需要により、昨年12月期の工務店の決算も増収増益だったのだが、新型コロナウイルス感染の拡大により、得意先の遊戯場は2月頃から客足が減少、今は店舗の休業を余儀なくされている。今後、工務店への発注が大幅に減少することが想定される。こういう場合、昨年の決算ベースで審査を通して大丈夫なのか?という疑問を青山が持つのは当然であった。もちろん、与信申請書には近況についてもコメントがあり、現状はまだ受注済の案件消化により、売上は落ちていないらしい。
「この先、売上が急減する可能性があると思うのですが、それも織り込んで厳しく判断すべきでしょうかね」
「確かに、青山の見立ては間違っていないと思うわ。リスクはあるわね・・・」
「では、少し絞る形で営業にフィードバックしましょう。ただ、こうやって絞っていくと、今の状況だと多くの企業に対して与信を絞らなきゃいけなくなる気がします。そこが、すっきりしないんですが・・・」
「そう、それもその通りだと思うわ・・・」
いつもは青山の相談に対して、前のめり気味に答えを返してくる中谷だが、今日は言葉が少ない。中谷も少し悩んでいるのか?あるいはこういう経済情勢を悲観して気が滅入っているのか?
「中谷さんが悩むのは珍しいですね。まあ、未曾有の経済状況ですからね・・・」
「何を言ってるの、青山。私が悩んでるって?そんなわけないでしょ!」
「だって、いつもより言葉が少ないので・・・」
「今、ほしかった化粧品が入荷したっていうメールが来てたから、確認してたのよ」
(まったく、電話だとこういうことがあるから困る・・・)と、青山は椅子からずり落ちそうになりながら思った。
「そっ、そうですね。では、そうします。でも、この先はどうしますか」
「与信を通した後のチェックが重要ね。この会社に限ったことじゃないけど、入金状況は今までより細かくチェックした方がいいわ。もともと体力がなくて当座の支払いも心配な会社は、すぐに営業担当に確認しましょう」
なるほど。多くの企業が苦境にあるとき、自社のリスクだけを考えていたずらに足を引っ張るようになることは避けなければならない。青山は納得して中谷との電話を切り、次にその会社の営業担当に電話を入れた。電話の相手はこれまで何度か話したことがある若手の谷田である。
「谷田君、そういうわけで今回の案件は通すけど、そのあたりの見通しについて先方に聞いてみたりできる?」
「ちょうどよかった!社長から別件の相談をもらっていて、電話する予定があります。聞いてみますよ」
「それはよかった。受注見通しとか受注減をカバーする取り組みなどがあれば、聞いておいてほしいんだ」
「あの社長なら、そのあたりも聞けると思います。ご存じの通り、今はそういうことを相手に聞くのもなかなか大変なんです。法人案件が投資計画の中止でなくなって先行きを悲観している社長もいますし、担当者が在宅勤務になってなかなかつかまらない、ということも多いですから・・・」
「そうだね。想定外の状況で日々奔走されている経営者も多いだろうからね。無理のない範囲でよろしく!」
「今回の件は了解しました。僕もそのあたりは気になっていたので、必ず聞いて報告します!」
好青年・谷田の気持ちよい返事を聞いて、その旨を報告するために青山は再び中谷に電話をした。
「確かにこういう時期だから、顧客に負担をかけないようにしなきゃいけないわね。ホントは直近の試算表とか月次決算の資料などもほしい状況だけど、今はそんなものを用意する時間もないでしょうからね」
「僕も気をつけます。それにしても、こうやっていると、平時に戻っても出社しなくていい気がしてきました」
「そうね。在宅でも意外と支障なく仕事ができているわね。ペーパレス化を進めてきた私の先見の明だわ」
いつもの自信満々な中谷節に青山は「またか」という顔をしたが、電話なので相手に見える心配はない。
「日々の仕事はとりあえず流せるようになったけど、私はいろいろ困ることもあるわよ」
「そうですか?日々の処理ができていれば、それで十分なように思いますけど・・・」
「決められたことをやるにはいいけど、何か困ったことが起きたときに知恵を絞ったり、新しいことを試したりするときは、やっぱり集まって話した方がいいわよ。輪番だと誰とも顔を合わせないから、週に一回くらいは全員で集まって進捗を確認したり、対応を考えたり、という時間が必要だと思っているけど」
「確かに、個別に話していても出てこないような話が、集まって話すと出てくることがありますね。でも、新しいことは、うちは中谷課長のリーダーシップが強いから、指示すればみんな動くと思いますけど・・・」
「そんなことないわ。私は何かやろうとするとき、必ずみんなの顔を見て判断しているのよ。やろうという気持ちになったかどうかは、顔でわかるから。とくに青山はね・・・ほら、今、『へえ!』という顔をしたでしょ!」
そう言われた青山は、思わずパソコンの上蓋にあるカメラを手で塞いだ・・・そんなわけはないのだが。