不況抵抗力と損益分岐点
2020.05.28
在宅勤務中の経理部・木下が昼休憩でテレビをつけると、緊急事態宣言が一部の都道府県で解除される見込みであるとニュースが伝えていた。連日報道されているので驚きはないが、都内にあるウッドワーク社の本社はまだしばらくテレワーク中心の体制が続くはずだ。木下もテレワークにはかなり慣れてきたが、逆にかつての毎日出社して勤務する体制にすぐに戻れるのか、そちらの方が心配になってきた。
日課となりつつあるティータイム・・・木下の場合は会社でもポットを持ち込んでティータイムをとっているのだが、自宅ではお気に入りのジノリのティーセットで、より本格的に楽しんでいる。今日は通販で取り寄せたスコーンもある。そこに、メールの着信を知らせる表示がパソコンの画面に表れた。休憩中でも開けて、そのまま対応をしてしまうのが「在宅勤務あるある」である。送信者は営業部の石崎、【教えてください!】という件名である。
前に、公園のベンチで損益分岐点のお話をうかがいましたが、最近新型コロナウイルス感染拡大の影響で大幅に売上が落ちているお客さまが出てきて、改めて損益分岐点分析のお話をお聞きしたくなりました。
損益分岐点売上高を下回ってしまった場合や、損益分岐点を下げるための取り組みなどを教えていただいて、お客さまとの会話に生かしたいと考えております。急ぎませんので、よろしくお願いします!』
「もしもし、石崎さん。メール見ましたよ。できることが限られている中で、いろいろ頑張っているようですね」
「そうなんですよ。お客さまとの連絡のなかでさりげなく営業状況を聞いたりしているのですが、受注が遅れているお客さまに電話すると、工事が中断しているという話も聞くようになりまして、売上減少で悩まれている社長さんにも遭遇しています。それで、木下さんから教わった損益分岐点の話を思い出しまして・・・」
「なるほど。確かにそこは旬なポイントかもしれませんね。テレビを見ていても、営業休止を余儀なくされているお店が固定費の捻出に苦労されている話がよくとりあげられていますね」
「売上ゼロになると、変動費もゼロになりますが、固定費だけは残ってしまうのですよね」
「そうです。厳密には準変動費といって、基本料金が固定費として発生するものもありますが・・・」
「思い出してきました。そういうものがあるから、固変分解を完璧に行うのが難しいのでしたね!」
「外部から分析しようとすると難しい、というお話をしました。ただ、固変分解はその会社の内部では各科目の性質も内訳もすべてわかるので、管理会計として用いるのは容易です。とくに今回のように短期間で状況が急変している場合、年間の決算書ベースの分析よりも、月次に切り替えて分析するとよいと思います」
レクチャーモードに入った木下だが、淹れた紅茶は忘れずに口に運んでいる。
「はい。実は科目の固変分解は月次試算表をベースに抽出すると、スムーズなんですよ。売上の増減にあわせて変動しているものと、そうでないものが把握しやすくなりますからね」
「今、多くの会社が見舞われているように売上が損益分岐点売上高を大きく下回っている場合は、やはり固定費を削減して損益分岐点を下げるようにするしかないのでしょうか」
「正攻法はそうなります。とくに大きな固定費は家賃地代や減価償却費でしょうが、後者はキャッシュアウトを伴わない費用ですから、目を向けるべきは店舗家賃などの固定費になるでしょうね」
「先日ニュースで、家賃の3分の2を補助するという政策を目にしました」
「そうですね。不動産のオーナーも厳しくなってくるでしょうから、そのような政策も必要になるでしょう」
「木下さん、お客さま自身はどの固定費を圧縮するかを見ることになると思いますが、われわれが取引先の経営状態を判断するときには、どうしても年間の決算書がベースになりますよね?」
「そうですね。もともと管理会計的な観点の指標なので、決算書ベースでは厳密な分析には不向きですが、不況に対する抵抗力を見極めるためにはそれなりに有効ですよ。安全余裕率などが指標になります」
「そうだ、前に教えていただきましたね。確か、売上高から損益分岐点売上高を引いた差額分を、売上で割って求めるんでしたね」と、こうしたことがスラスラと頭から出てくるのは、さすが石崎は若い。
「そうです。その比率が大きいほど、売上減少時の耐久力があることになります。もっと単純に実際の売上高と損益分岐点売上高を比較すると、売上がどこまで減っても赤字に転落しないかがチェックできます」
「損益分岐点が高い会社と低い会社とでは、後者のほうが安全性は高いとみて良いのでしょうか?」
「大前提はそのとおりです。ただ、損益分岐点が低く利益を出しやすい会社であっても、実は借入金が重く、手元資金が少なくなってきていることもあります。損益面だけにとらわれないようにしましょう」
「なるほど。でも、損益分岐点が高い会社が厳しい利益構造に陥っていることは事実ですよね?」
「そうですね。倒産企業に多いパターンになってきますが、利益が出にくい体質になっている要因として、そもそも固定費が重いのか、それとも変動費率が高いのかといった要因を見極める必要があります。変動費・固定費両方に課題がある、といったことになってくると、そもそも身の丈に合った投資規模で経営を行えているのかや、ビジネスモデルのライフサイクルが衰退期に入っているのではないか、といった観点で抜本的な対策を打っていく必要があるでしょう。ただ、今は新型コロナウイルスの影響で一時的に利益構造が極端に悪化していることが多いと考えられますので、過年度の状況から続けてチェックすべきでしょう」
「経年比較は財務分析をする上での鉄則ですね。ライフサイクルは、創業期、成長期、成熟期そして衰退期に移行している企業のフェーズを見る考え方でしたね」
「衰退期から盛り返す会社もありますから、営業の機会に今後の展望をしっかり聞いておいてくださいね」
「はい!営業再開に向け自宅で筋トレを続けています!木下さん、次は登山レクチャーをお願いしますね」
新型コロナウイルスの話題でやや沈滞ムードが漂っているが、こういう前向きな若者がいる限り、まだまだ日本は大丈夫だ!と、木下は老成した人のように、残りのティータイムを明るい気持ちで過ごしたのだった。
損益分岐点分析とイメージ図
新型コロナウイルス関連支援情報
https://www.tdb.co.jp/corp/corp09_covidrelatedinfo.html
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