「暑さ指数」でみる東京オリンピック~景気のミカタ~
2021.07.21
今回の景気のミカタは、延期されていた東京オリンピックが感染防止対策を行いつつ開催されるなかで、もう一つの焦点となる暑さ対策の国際的な指標である「暑さ指数」について焦点をあてています。
感染症とオリンピックの歴史、東京大会が新たなレガシーになれるか
今回の東京オリンピックは多くの会場で無観客開催となるなど、感染拡大防止に向けた取り組みが最重点課題となっています。オリンピックのようなメガスポーツイベントでは、国内外から多くの人が集まり、海外で流行しているウイルスなどが持ち込まれる機会も増えてきます。このような状況は“マスギャザリング”と呼ばれます。日本集団災害医学会によると、マスギャザリングは「一定期間、限定された地域において、同一目的で集合した多人数の集団」と定義されています。
過去のオリンピックにおいては、2018年の平昌冬季オリンピックでノロウイルス感染が拡大し、出場選手にも感染するほどでした。また、2016年のリオデジャネイロ夏季オリンピックではブラジルでジカ熱が流行し、参加を辞退する選手もいました。オリンピックはこれまでもさまざまな感染症と向き合いながら開催されてきたと言えるのではないでしょうか。
パンデミック下でのオリンピック開催は、1920年のアントワープ大会(ベルギー)があげられるでしょう。「人類最悪のパンデミック」と称されるいわゆる「スペイン風邪」が流行していた時です。スペイン風邪は世界的にまん延していましたが、ヨーロッパでは収束していたなかでの開催であり、オリンピックが「欧米のもの」と言われていた時代だからこそアントワープ大会も可能だったと考えられています。
しかし、東京オリンピックは、当時と比べはるかに人の移動が大規模であり、依然として収束に向けて多くの人が一丸となって戦っている状況での開催であり、そこから将来に向けて多くの教訓が得られるのではないでしょうか。
「パンデミック」と「猛暑」を乗り越えた最初のオリンピックとなるか
一般的に暑さというと気温を考えがちですが、国際的な指標としてはWBGT(湿球黒球温度)と呼ばれる“暑さ指数”が知られています。WBGT(Wet Bulb Globe Temperature)は人体と外気との熱のやり取りに着目した指標で、湿球温度(湿度)、黒球温度(輻射熱)と乾球温度(気温)の3項目からなり、以下の式で算出されます(屋外で日射のある場合[2])。
WBGT=0.7×湿度+0.2×輻射熱+0.1×気温
つまり、暑さを測る尺度として、気温は1割を占める程度で、7割は湿度なのです。WBGTは、労働環境や運動環境の指針として有効であると認められており、ISOなどで国際的に規格化されている指標です。また、スポーツに関しては、日本スポーツ協会が「熱中症予防運動指針」(図表1)を公表して、運動時における熱中症予防の基準を示しています[3]。
この基準によると、WBGTが31度以上で「運動は原則中止」することが求められます。また、28度~31度未満は「厳重警戒」レベルで、熱中症の危険が高く体温が上昇しやすい運動を避け、10~20分おきに休憩や水分・塩分の補給が必要になるとしています。
2019年と2020年においては、WBGTの最高値でみて、熱中症による死亡事故が発生する可能性があり、さらにその危険性が増すとされる25度(「警戒」レベル)を超えなかった日は一度もありませんでした。もちろん、オリンピックに出場する選手たちは暑さ対策を練ってくるでしょう。しかし、東京オリンピックの暑さ対策は新型コロナウイルスの感染予防対策とともに最重要課題であることに変わりはありません。
東京オリンピックは1年間の延期とともに無観客開催となることなどから、当初想定されていた経済効果から大きく減少するとみられます。一方で、夏季のWBGTと景気との間には一定の関係があることも観察されています。「パンデミック」と「猛暑」という2つの課題を乗り越えた先には、将来にわたって十分に取り返せる遺産(レガシー)が残るのではないでしょうか。
[1] Chris Szubski, “Sweltering Heat at the 2020 Olympics in Tokyo,” Sportify Cities Report, 2016
[2] 室内で日射のない場合:WBGT=0.7×湿度+0.3×輻射熱
[3] 公益財団法人日本スポーツ協会「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」(2019)
執筆:情報統括部 産業情報分析課 窪田 剛士
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